「壱が好き」 言えばよかったんだよね。
玉砕覚悟で、言える勇気があればよかった。
でも……。 あたしは臆病で・・・。 それに、壱に対して変なプライドみたいなものもあった。
「あたしだけを見て?」 言えたら、どんなによかったかな?
少なくとも、壱はあたしのことを大切には思ってくれていると思うんだ。 あたしも、同じだから。壱には、幸せになってほしいなって思う。 できることなら、その隣を、ずっと歩きたいって思うけど……。
きっとあたしがそう言ったら、壱は傍にいてくれると思うの。 でも、それって違うよね・・・? あたしはわがままだから……あたしが壱のことを思っているのと同じくらい、壱にも思ってほしいんだ。
「ほかの女の子と寝ないで?あたしに、何をしてもいいから」 言えないよね、こんなこと。 あたしは、壱に対して異常ともいえるくらいの独占欲を持ってる。
壱に抱かれた女の子は、嫌。 あたしの知らない壱を知っている女の子に、腹が立って仕方ない。
ミノルくんと寝て、すぐ後悔した。 それ以来は、誰ともそういう関係を持ってない。
抱かれるっていう思い出は、あたしにとっては苦痛以外の何物でもなかった。 ……まあ、半ば自暴自棄になって抱かれるっていう、昼ドラのOLさんみたいなことしたんだもんね。 いい思い出になるわけないんだけどさ。
……とにかく。 壱とあたしは、表面上は今までと同じ付き合い方をした。 苦しくて、外出中の壱を待っている間泣いてしまうこともあったけれど……。 でも、壱を失うことの方が怖くて、動けなかった。
「好き」 「愛してる」 「あたしを見て」
そんなセリフは言えなくて……。 「一番大切な存在だけど、恋仲ではない」っていう、ふわふわした状態を続けた。
うん、そうなの。 壱に最初に言った「50点」は、別に壱への点数ってわけじゃないんだ。 「あたしと壱の関係」なの。
「なーなー、奈緒?漫画よりもっとイイことしよ?」
6月の頭、壱の部屋でくつろいでいたら、そんなことを言われた。 壱が、何を思ってそんなことを言ったのかは、分からない。 でも、言われた瞬間、あたしの心臓は死にそうなくらい音を立てた。 ……誘い方が軽すぎて、泣きそうになったけど……。
「なおなお、襲ってもいい?」
「あんまり良くないんじゃないかな?いっちゃん」
悟られないように、ふふって笑って。 壱の顔を見ていたら、自分が何を言うか分からなかったから、漫画に視線を落とした。
「なんでー?奈緒オレのこと嫌い?」
嫌いなわけ、ない。
「じゃあ好き?」
心が、言うことを聞かないくらい、大好き。
「じゃあいいじゃん」
よくないんだよ。いっちゃん。
あたしに馬乗りになる壱を見て、心臓が爆発するんじゃないかと思った。 ……え?本気、なの・・・?
「あー、やっぱり奈緒って可愛いんだ」
“やっぱり”って、何よ。
「ひっどい。オレ、男前って評判なんだけど」
そんなの、あたしだけが知ってればよかったのに。
「奈緒、オレのこと好きなんでしょ?」
だから、好きで好きで仕方ないんだって。
「じゃあ、いいじゃん。エッチしよ?」
……そのときに、思ったんだ。賭けに、出ようって。
50点のこの関係。 ぬるま湯につかって、どっちにも動けない関係を、進めたかった。 壱とヤって、どうなるかは分かんない。 でも……どちらにしても、このままじゃダメだ。
壱が、あたしを“女の子”だって認識してくれたら……。 “幼馴染”として、大事に思ってくれているのを、別の意味で考えてくれたら……。
心を悟られないように、軽口叩いてOKした。 口付けられそうになった瞬間、挑発するみたいに「採点する」って話をした。
動き出した。 100点か、0点。 その二極しかありえない採点ゲームが。
壱が、あたしと「キスしたい」って言ってくれたことが嬉しかったんだよ。 余裕、なくしてくれたのも、嬉しかった。 求めてくれたのも、持ち歩いていたゴムを置いていってくれたのも。 あたしを抱いてから、誰も抱けないって言ってくれたのも……。 教育実習生のさとくんに嫉妬してくれたのも……本当に、嬉しくて・・・。
このまま、100点になって・・・壱が、あたしだけを見てくれて、思いを認識しあえる日が来るんじゃないかって……淡い期待は、どんどん膨らんでいった。 そしたら、今までの思いを全部伝えて、きちんと壱と向き合いたいって思ったんだよ。
だからこそ。
壱が女の子と腕組んでホテルに入るのをみたとき、足元全部崩れちゃったんじゃないかってくらいの衝撃を受けた。
……終わっちゃったんだ、って・・・思った。
結局。 あたしの力不足。 壱は、あたしだけを見てくれることはなかったんだね。 壱にとってあたしは“幼馴染”で。 きっと大事には思ってくれているんだろうけど……でも、あたしが願っていたような感情ではなかった。
ごめんね、壱。 あたしは勝手だから……。
壱とは、もういられないよ。
あたしにとっては、賭けだったんだよ。 100点になって一歩進んだ関係になるか……それとも、もうさよならするか。
50点の関係には、戻らないつもりで「採点」を持ちかけた。 100点か0点かの賭けに、あたしは負けたんだ。
行為が終わったであろう時間を見計らって電話をしたとき……壱は、電話の向こうですごく焦ってた。 たぶん、あたしの様子がおかしいのに、気がついていたんだと思う。
「さよなら」って言った瞬間何かを言いかけた壱。 幼馴染で17年間一緒にいたから、さすがにビックリしたんだよね。
でも・・・でもね、壱。 あたしが抱いてほしかったのは、別の感情なんだよ? 今の関係を踏み越えた感情を……持ってもらいたかったの。
ごめんね、壱。 勝手なのは分かってる。 一緒にDSやってたし、毎月お互いが別々の漫画を買って読みあってた。
そういう関係だって、あたしは大好きだったし、大切にしたかった。
でも、あの日、採点ゲームが動き出した瞬間。 あたしは、それを捨てる覚悟をしてしまった。
壱、本当にごめんなさい。 漫画、読めなくなっちゃったね。 DSで対戦も、できなくなっちゃう。 あたしのお母さんのハンバーグ、壱は好きだって言っていたけど……それも、食べられないかも。
離れるって、決めた。 しばらくはムリだろうけど、いつか好きな人ができたらいいな。 今は考えただけで辛いけど、壱にも可愛いお嫁さんが出来て、あたしにもステキな旦那さんができて……。 それで、いつか茶飲み友達になれたらいいな。
こんな風になったけど、あたしは壱が大好きだから。 壱が大切な存在なのは、きっとずっと変わらない。
両サイドから、あずみと千夏が抱きついてくる。 あずみは、じっとあたしの話を聞いてくれて……。 千夏は、「ばかだね。あんたも篠崎も」ってため息をついた。
2人がいて、よかった。 話したら、少しだけ心が軽くなった。
両サイドの暖かさに包まれて……。 夜が更けた頃、あたしはゆっくり夢の中に入った。
test 5 ⇒ Side奈緒 End ※次の章から壱視点に戻ります。
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