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(Side 奈緒:02)


物心ついたときから、壱はあたしの唯一だった。
壱以外をそういう目で見るなんて考えたこともなかったし、漠然とではあったけれど、「あたしは壱と結婚するんだろうな」っていう思いもあった。
「好き」とか「愛してる」って言葉でくくったことはないけれど……とにかく、唯一無二の存在だった。


ファーストキス・・・も、壱だったし……。
本当、ばかみたいなんだけど、初体験だってきっと壱なんだろうって・・・そう、思ってた。


それが、あたしの勝手な考えだったって分かったのは……高校一年の、秋のこと。








**********


「……え?」


思わず、聞き返す。
……え?今・・・なんて言った?


「も、もう・・・!何回も言わせないでよ!!」


高校1年の頃は、8人くらいの大きなグループにいて……。
その日、机を合わせてお昼を食べていたら、ヒトミという女の子が、「初体験をした!」なんていう話になった。
あたしはといえば、「今の子は、16歳でシちゃうのね・・・」なんておばさんみたいなことを考えて、さほど食いつきもせずにお弁当を食べていた。でもやっぱり、話題は誰とシたかって方向になって……。


ヒトミは恥ずかしそうにしながらも、声を落として、その名前を口にしたんだ。


……D組の、篠崎くん・・・って。


D組の、篠崎・・・?
篠崎って……学年に壱だけだよね?


……嘘。


そう思って、ヒトミに問い返すと、ヒトミは先ほどの言葉を言って、恥ずかしそうに俯いた。


「篠崎・・・って、シノくんでしょー?カナエもヤってなかったあ?」

「……もう。言わないでよ」


呆然としていたら、横からさらに驚きの言葉が紡がれる。
それに対し、カナエはきまずそうに手を振った。


「シノくん、結構遊んでるからね・・・。……ぶっちゃけ、あたしもシたことある」


……さらに、サチまでもが名乗りをあげる。
なに?……どういう、ことなの?


シノくん・・・。シノくんって、壱の通称だ。
……つまり。
この8人の中だけでも、壱は3人の女の子と関係を持ったことがあるってこと、なの?





カラン、


音を立てて、手から箸が滑り落ちた。
それに気がついたのか、ヒトミが箸を拾って手渡してくる。


……壱、この子を……抱いたの?それに、カナエと・・・サチも?





「……奈緒?どーしたのー?」


ぼんやりしていたあたしの顔を、ヒトミが覗き込む。
あたしは、無理やり口角を上げた。


「つ・・・付き合うの?」


聞きたくもない、こんなこと。
でも……必死に笑顔を作って、「ショックなんて、微塵も思ってませんよー」って顔でヒトミを見た。
するとヒトミは、あはっと笑って、首を横に振った。


「シノくんと付き合おうなんて、誰も思わないんじゃない?シノくんかっこいいけど・・・誰にも本気にならないしね。女の子と寝るのも、遊びみたいだし」

「本当、そう。たまにシノくんに本気になっちゃう子見るけど、相手にされてないしね」


ヒトミの言葉に、カナエが頷く。


「そういや、奈緒ってシノくんと幼馴染だったよねー?特定の人って、やっぱりいないんでしょ?」

「……え?・・・あ、うん。……ごめん。分かんない、や」


サチの言葉に、引きつった笑みを浮かべながら返答をする。
……本当は、今すぐ泣き叫びたいくらいショックを受けているのに……。


「それよりさー、奈緒は?奈緒めちゃくちゃ美人なんだから、そういう経験ないのー?」

「あたし、男友達に奈緒紹介してって言われてるんだよねー」


壱の話題が一段落して……。
なぜか今度は、あたしの経験についての話になった。


でも、あたしはものを考えられる状態じゃなくて……。
みんなの言葉に、ただ引きつった笑みで頷いていた。








**********


……なぜ、こんなことに・・・?


「奈緒ちゃんって、写真で見るより数倍美人だね!今日、会ってくれて嬉しいよ!!」


写真・・・?
撮った覚えがないんですけど……。


「いやー。サチが奈緒ちゃんと仲良いって聞いたからさー。ダメもとで紹介頼んだんだけど……本当に会ってくれるなんて思わなかったよ」


言いながら、男の人……ミノルくん・・・とかって人は、あたしの肩に手を回した。
至近距離の男に向かって、口角を上げてみる。


あの日・・・ぼーっとしていたあたしは、サチの「紹介してもいい?」って言葉に、頷いてしまった。
そうしたら、なぜか次の日、その男の人が校門の前で待っていた。
頷いた以上、「帰ってください」とも言えずに……あたしは、その男の人と街に出ている。


……うー、ん・・・。
何事も、適当にしてちゃダメだね。





思い、返してみると。
壱の帰りが遅い日が、週に何度かあった。
夜20時を回ってからあたしの家に来て……DSのマリオカートをやっている最中に寝ちゃうこともあったし、壱の部屋に行ってもいないこともあったんだ。


それが……ほかの女の子と寝た後だったなんて、夢にも思わなかったけど……。
普通に考えたら、部活もやってない壱が、頻繁に出かけるなんて、誰かと遊んでるに決まってるよね。
あたしは、壱とそういう話をしたことがなかったから……。
“幼馴染”は、確かに一番近い存在かもしれない。
少なくとも、あたしにとって壱は一番近い存在だった。
たぶん・・・壱も、あたしのことを大切に思ってくれてはいると思う。それは、確かだとは思ってる。
でも、それが「この先もずっと一緒にいたい人」につながるかは、分からないんだよね。


近すぎるこの関係に、安穏としていた。
この先もずっと、離れることは無いって思ってた。
でも、それは狭い世界の話で……。
壱には、壱の生活があるのに……。
お隣同士で、ドアどころかお互いの窓から部屋への出入りをして……。部屋着も普通に見せて、お互いのベッドも我が物顔で使う。
あたしは、そんな「壱とあたしの世界」ばかりを見ていたんだね。


処女だって、いつか壱に・・・って思ってた。
でも、壱はもうとっくに経験済みで……。
あの野郎、あたしの友だちに手を出さなくてもいいのに……。


とにかく、あたしの知らないところで、壱は「かっこいいけど遊び人で、下半身のゆるい不誠実男」のレッテルが貼られていた。
あたしにとってはただただ驚きの事実だったけれど、あたしの友だちや、外の壱を知っている人にしてみれば、それが常識。


……ばかみたい、あたし。
壱を、独り占めしたいなら、ゆるい状況を続けるべきじゃなかったんだよね。
きちんと、壱に気持ちを伝えればよかった。
もう……遅いけれど。


壱の“はじめて”は、とっくの昔に終わっていたんだから。








……今、思えば。
あのときのあたしは、ひたすらネガティブになっていた。


サチに紹介してくれた男の子とのデートも上の空で……ずっと、壱のことを考えていた。


本当に、バカだったと思う。やけに……なってたんだと思う。
壱がシてるのに、あたしはそんなこと考えもせず、のうのうと生活していた。
それが、なんだか無性に悔しくなって……。





それで。


あの日、あたしはミノルくんと寝た。
ラブホに入って押し倒された瞬間、すぐに後悔したけれど……。





キス、だけは……。
壱が何人の女の子と寝てようと、「かっこいいけど遊び人で、下半身のゆるい不誠実男」と言われていようと……。
あたしにとって、壱が大切な人だっていうのは、変わらない。
物心ついたころから、ずっと好き。


だから、唇だけは守った。
キスだけは、壱との思い出があるの。
壱だけを信じて、壱も「お嫁さんにもらう!」って当然のように言っていて……。
壱にとってはただの子供の頃の思い出なんだろうけど、あたしにとっては・・・大切な、大切な思い出だったの。


「キスはダメ」って余裕に振る舞って……。
こういう、変なプライドがあるから・・・あたしは素直になれないんだろうな。





触られて、舐められて、貫かれて……。
あたしは涙をこらえながら、唇を噛んで、その時間を耐えた。






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