Let's 採点 LOVE | ナノ


(Side 奈緒:01)


はじめから、分かっていた。
これは、賭けだって。


結末は、100点か、0点。
その両端しかありえなかったんだ。


「なーなー、奈緒?漫画よりもっとイイことしよ?」


……あの、お誘い。
こんな軽い気持ちであたしを誘うんだって、本当は泣きたかった。
でも、そのとき思ったの。


……この現状を、打破できるかもしれない・・・って。
50点のこの関係を、好転させられるかもしれない……って。








**********


「0点。……さ、よな・・・ら」


言い切ってすぐに、電話を切った。
そのまま電源ボタンを押し続けて、携帯の電源まで落とす。


「……ふ、」


足に、力が入らない。
あずみや千夏と一緒に入ったファミレスのトイレ。
洗面台に手をついたまま、あたしはその場に座り込んだ。


最後のプライド。
毅然として、振る舞おうと思った。
涙をこらえて、壱にきちんとさよならを言おうって。


……でも、声を聞いたら……だめ。
いままでの思い出がフラッシュバックして、涙が止まらなくなった。
声も……震えてしまった。


「……あーあ・・・」


止まらない涙を拭って。わざとらしくため息をつく。
……終わっちゃった。





「も、・・・終わっちゃった、よ……壱、」


床にお尻をついて、洗面台にもたれかかるようにして座る。
……終わっちゃった、よ。


「やだ・・・止まんな……」


泣き止まなきゃ。
泣き止んで、あずみと千夏のところに……戻らなきゃ。


でも……涙が、止まらない。
化粧も何もかも洗い流すみたいに、次から次へと涙がこぼれる。


そりゃ、そうか。
17年の恋が、終わったんだもん。
……もう、泣かせてください。








「……奈緒ちゃん・・・?」

「奈緒・・・?」


と。
コンコン、とドアが音を立てた。
……やばい。あずみと、千夏だ。


「奈緒?大丈夫?お腹痛いの・・・?」


外から、千夏が心配そうに声をかけてくれる。
心配、かけちゃってる……。
早く。……早く、泣き止まなきゃ。


でも、涙腺は言うことを聞いてくれない。
涙が……止まってくれない。


「……だい、じょ・・・ぶ」


でも。
とりあえず、安心させよう。
そう思って、ドアの外に向かって声を出す。


……掠れて、聞き取りづらいものだったけれど……。


「奈緒ちゃん?・・・もしかして、泣いてる?」

「奈緒?奈緒!大丈夫!?」


あずみの、ばか。
あの子は、いつもぽやぽやしているくせに……たまに、変に鋭くなる。
案の定、千夏がどんどん、とドアを叩いた。


「ちが・・・だいじょ、ぶ…だから」


説得力、ないや。
声……出ないんだもん。


「奈緒、いいから出てきて?」

「奈緒ちゃん・・・開けて」





ああ、だめだ。
どんどん心配させてしまう。


でも。
あたし、壱とのことは、誰にも言っていなかった。
これからも……言うつもりはない。


言ったらきっと、あずみや千夏……ううん。
たぶん、クラスのみんなが、あたしの味方をしてくれると思う。
……まあすでに、あたしと壱が幼馴染って関係で、しょっちゅう家に行ってるってだけで、クラスのみんなが壱に意地悪するもんね。
まあ、壱の素行にも問題はあると思うんだけど……。


でも、この件に関しては、壱は悪くない。
ただあたしが……壱の心に、入り込めなかっただけ。
だから……このことを、誰かに言うつもりはない。
言ったら、きっとみんなは壱を責める。
壱にしてみれば、青天の霹靂。……意味、分かんないもんね。





「奈緒!いいから開けろ!!」


……回想にふけっていると、外からお怒りの声が聞こえた。
・・・うぅ。おかん、怖い……。


「だ、大丈夫だから!すぐ出るから、戻ってて!」


慌ててそう返事をする。
……早く、壱と話がしたかったからって・・・あずみや千夏と一緒にいるときに電話をしたのは、まずかったな。





「……出てきてくれないなら、こっちにも考えがあるんだから!」


壱のことを考えると、またしても涙腺が緩む。
思考に入ってぼーっとしていたら……外で、あずみが低い声を出した。
そして、がさごそという音の後に、千夏の驚いたような声が聞こえる。


「……あ、あずみ?どこに電話してるの・・・?」

「紳に壁に穴開けてもらうの!!!」

「「あ、穴!!??」」


ドアの外にいる千夏とあたしの声が被る。
壁に穴って……雪平くんにドリルでも持ってこさせる気!?
それとも、雪平くんってば魔法使いかなんか!?


「……で、出るからっ!!」


トイレの壁に穴を開けられたらたまんない。
慌ててトイレのドアを開けた瞬間、あずみが弾丸みたいに飛び込んできた。
そして、あたしの首に手を回して、抱きつく。


「……あ、」

「やっぱり・・・泣いてる……!」


あずみは、泣きそうな顔をしてあたしを見ていた。
床に落ちたあずみの携帯から、雪平くんの『あずみ?大丈夫か?』って声が聞こえる。
千夏がその携帯を取って「大丈夫」と一言喋り、通話を切った。


「……あずみ・・・千夏……」


呆然として2人を見ると、千夏が眉を寄せてあたしを見る。
そして、地に落ちた携帯と、涙でぐしょぐしょであろうあたしの顔を交互に見る。


「……篠崎絡みで、何かあったんでしょ?」

「…………っっ!!」


千夏の言葉に、思わず身じろいでしまう。
あたしに抱きついているあずみも、目を潤ませながらあたしを見上げた。


「分からないわけ、ない!!」

「……あずみ・・・」

「分からないわけないよ、奈緒。あんたが篠崎が大好きなことも。……自分だけを、見てほしいんだってことも」

「……、あ・・・」


千夏の言葉に、驚きで引っ込んでいた涙が湧き上がってきた。
再び泣き出したあたしの頭をゆるゆると撫でながら、あずみまで泣き出してしまう。


「……今まで、無理に聞かないようにしようって思ってた。でも・・・あたしたちは、奈緒が辛いなら、それを受け止めたいって思う」

「千夏……」

「あた、しも・・・千夏も……奈緒、ちゃんの、ちか、らに…なりたい、の。言いにく、い・・・なら、無理に、とは・・・言えない、けど・・・」

「あ、ずみ……」


嗚咽交じりに言葉を発したあずみ。
あたしは……ゆっくり目を閉じた。





「……壱、は・・・悪くなくて……でも……」


泣きながら、声を出す。
聞き取りにくいであろうあたしの声を、あずみと千夏は真剣な顔で聞いてくれた。





壱を、悪者にしたくなかった。
この件に関して、壱はまったく悪くなくて……。
普通の恋愛にすれば、いたってシンプル。
ただ、壱があたしに振り向いてくれなかっただけ。


でも。
やっぱり、辛いものは辛い。
「壱のばか!!」って、思っちゃう。


……この、2人になら……。
あずみと千夏になら、あたしの思い、言ってもいいかもしれない。
……ううん。むしろ……聞いてもらいたいかも、しれない。





そんなようなことを泣きながら説明したら、あずみがすごい勢いであたしと千夏を引っ張って……なぜか、雪平くんの家に連れて行かれた。
そして……あろうことか宿主を追い出して、雪平くんの家に3人で転がり込むことになった。
雪平くんは、あずみの家に泊まってもらうんだとか。


「部屋貸して!!」ってものすごい剣幕で言ったあずみに、雪平くんは呆れたように笑いながらも、一言二言話して出て行った。
……この2人の関係は、本当に羨ましい。
いつもは雪平くんがリードしている感じだけど……あずみは言いたいこと言うし、お互い信じあっているのがすごく分かる。
……あたしも・・・。こういう風に、壱のことを信じたかった。信じあえる関係に、なりたかった。





雪平くんの家は、ものすごい高級マンションの一室で……。
そして、キングサイズのダブルベッドが置かれていた。
……うん。雪平くんって、高校生なんだよね?


「……これで、落ち着いてお話できるね!」


にこにことしてベッドに寝転がるあずみ。そして、はあっとため息を吐きつつも、笑顔であずみの頭を小突く千夏。
あたしはちょっと呆然としていたけど……その様子に思わず笑みがこぼれる。


雪平くんには悪いなーと思ったけど、あずみの横に寝転んで……。
そして、一呼吸置いてから、ゆっくり口を開いた。






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