はじめから、分かっていた。 これは、賭けだって。
結末は、100点か、0点。 その両端しかありえなかったんだ。
「なーなー、奈緒?漫画よりもっとイイことしよ?」
……あの、お誘い。 こんな軽い気持ちであたしを誘うんだって、本当は泣きたかった。 でも、そのとき思ったの。
……この現状を、打破できるかもしれない・・・って。 50点のこの関係を、好転させられるかもしれない……って。
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「0点。……さ、よな・・・ら」
言い切ってすぐに、電話を切った。 そのまま電源ボタンを押し続けて、携帯の電源まで落とす。
「……ふ、」
足に、力が入らない。 あずみや千夏と一緒に入ったファミレスのトイレ。 洗面台に手をついたまま、あたしはその場に座り込んだ。
最後のプライド。 毅然として、振る舞おうと思った。 涙をこらえて、壱にきちんとさよならを言おうって。
……でも、声を聞いたら……だめ。 いままでの思い出がフラッシュバックして、涙が止まらなくなった。 声も……震えてしまった。
「……あーあ・・・」
止まらない涙を拭って。わざとらしくため息をつく。 ……終わっちゃった。
「も、・・・終わっちゃった、よ……壱、」
床にお尻をついて、洗面台にもたれかかるようにして座る。 ……終わっちゃった、よ。
「やだ・・・止まんな……」
泣き止まなきゃ。 泣き止んで、あずみと千夏のところに……戻らなきゃ。
でも……涙が、止まらない。 化粧も何もかも洗い流すみたいに、次から次へと涙がこぼれる。
そりゃ、そうか。 17年の恋が、終わったんだもん。 ……もう、泣かせてください。
「……奈緒ちゃん・・・?」
「奈緒・・・?」
と。 コンコン、とドアが音を立てた。 ……やばい。あずみと、千夏だ。
「奈緒?大丈夫?お腹痛いの・・・?」
外から、千夏が心配そうに声をかけてくれる。 心配、かけちゃってる……。 早く。……早く、泣き止まなきゃ。
でも、涙腺は言うことを聞いてくれない。 涙が……止まってくれない。
「……だい、じょ・・・ぶ」
でも。 とりあえず、安心させよう。 そう思って、ドアの外に向かって声を出す。
……掠れて、聞き取りづらいものだったけれど……。
「奈緒ちゃん?・・・もしかして、泣いてる?」
「奈緒?奈緒!大丈夫!?」
あずみの、ばか。 あの子は、いつもぽやぽやしているくせに……たまに、変に鋭くなる。 案の定、千夏がどんどん、とドアを叩いた。
「ちが・・・だいじょ、ぶ…だから」
説得力、ないや。 声……出ないんだもん。
「奈緒、いいから出てきて?」
「奈緒ちゃん・・・開けて」
ああ、だめだ。 どんどん心配させてしまう。
でも。 あたし、壱とのことは、誰にも言っていなかった。 これからも……言うつもりはない。
言ったらきっと、あずみや千夏……ううん。 たぶん、クラスのみんなが、あたしの味方をしてくれると思う。 ……まあすでに、あたしと壱が幼馴染って関係で、しょっちゅう家に行ってるってだけで、クラスのみんなが壱に意地悪するもんね。 まあ、壱の素行にも問題はあると思うんだけど……。
でも、この件に関しては、壱は悪くない。 ただあたしが……壱の心に、入り込めなかっただけ。 だから……このことを、誰かに言うつもりはない。 言ったら、きっとみんなは壱を責める。 壱にしてみれば、青天の霹靂。……意味、分かんないもんね。
「奈緒!いいから開けろ!!」
……回想にふけっていると、外からお怒りの声が聞こえた。 ・・・うぅ。おかん、怖い……。
「だ、大丈夫だから!すぐ出るから、戻ってて!」
慌ててそう返事をする。 ……早く、壱と話がしたかったからって・・・あずみや千夏と一緒にいるときに電話をしたのは、まずかったな。
「……出てきてくれないなら、こっちにも考えがあるんだから!」
壱のことを考えると、またしても涙腺が緩む。 思考に入ってぼーっとしていたら……外で、あずみが低い声を出した。 そして、がさごそという音の後に、千夏の驚いたような声が聞こえる。
「……あ、あずみ?どこに電話してるの・・・?」
「紳に壁に穴開けてもらうの!!!」
「「あ、穴!!??」」
ドアの外にいる千夏とあたしの声が被る。 壁に穴って……雪平くんにドリルでも持ってこさせる気!? それとも、雪平くんってば魔法使いかなんか!?
「……で、出るからっ!!」
トイレの壁に穴を開けられたらたまんない。 慌ててトイレのドアを開けた瞬間、あずみが弾丸みたいに飛び込んできた。 そして、あたしの首に手を回して、抱きつく。
「……あ、」
「やっぱり・・・泣いてる……!」
あずみは、泣きそうな顔をしてあたしを見ていた。 床に落ちたあずみの携帯から、雪平くんの『あずみ?大丈夫か?』って声が聞こえる。 千夏がその携帯を取って「大丈夫」と一言喋り、通話を切った。
「……あずみ・・・千夏……」
呆然として2人を見ると、千夏が眉を寄せてあたしを見る。 そして、地に落ちた携帯と、涙でぐしょぐしょであろうあたしの顔を交互に見る。
「……篠崎絡みで、何かあったんでしょ?」
「…………っっ!!」
千夏の言葉に、思わず身じろいでしまう。 あたしに抱きついているあずみも、目を潤ませながらあたしを見上げた。
「分からないわけ、ない!!」
「……あずみ・・・」
「分からないわけないよ、奈緒。あんたが篠崎が大好きなことも。……自分だけを、見てほしいんだってことも」
「……、あ・・・」
千夏の言葉に、驚きで引っ込んでいた涙が湧き上がってきた。 再び泣き出したあたしの頭をゆるゆると撫でながら、あずみまで泣き出してしまう。
「……今まで、無理に聞かないようにしようって思ってた。でも・・・あたしたちは、奈緒が辛いなら、それを受け止めたいって思う」
「千夏……」
「あた、しも・・・千夏も……奈緒、ちゃんの、ちか、らに…なりたい、の。言いにく、い・・・なら、無理に、とは・・・言えない、けど・・・」
「あ、ずみ……」
嗚咽交じりに言葉を発したあずみ。 あたしは……ゆっくり目を閉じた。
「……壱、は・・・悪くなくて……でも……」
泣きながら、声を出す。 聞き取りにくいであろうあたしの声を、あずみと千夏は真剣な顔で聞いてくれた。
壱を、悪者にしたくなかった。 この件に関して、壱はまったく悪くなくて……。 普通の恋愛にすれば、いたってシンプル。 ただ、壱があたしに振り向いてくれなかっただけ。
でも。 やっぱり、辛いものは辛い。 「壱のばか!!」って、思っちゃう。
……この、2人になら……。 あずみと千夏になら、あたしの思い、言ってもいいかもしれない。 ……ううん。むしろ……聞いてもらいたいかも、しれない。
そんなようなことを泣きながら説明したら、あずみがすごい勢いであたしと千夏を引っ張って……なぜか、雪平くんの家に連れて行かれた。 そして……あろうことか宿主を追い出して、雪平くんの家に3人で転がり込むことになった。 雪平くんは、あずみの家に泊まってもらうんだとか。
「部屋貸して!!」ってものすごい剣幕で言ったあずみに、雪平くんは呆れたように笑いながらも、一言二言話して出て行った。 ……この2人の関係は、本当に羨ましい。 いつもは雪平くんがリードしている感じだけど……あずみは言いたいこと言うし、お互い信じあっているのがすごく分かる。 ……あたしも・・・。こういう風に、壱のことを信じたかった。信じあえる関係に、なりたかった。
雪平くんの家は、ものすごい高級マンションの一室で……。 そして、キングサイズのダブルベッドが置かれていた。 ……うん。雪平くんって、高校生なんだよね?
「……これで、落ち着いてお話できるね!」
にこにことしてベッドに寝転がるあずみ。そして、はあっとため息を吐きつつも、笑顔であずみの頭を小突く千夏。 あたしはちょっと呆然としていたけど……その様子に思わず笑みがこぼれる。
雪平くんには悪いなーと思ったけど、あずみの横に寝転んで……。 そして、一呼吸置いてから、ゆっくり口を開いた。
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