寵愛α | ナノ

(10)


禅さんって、やっぱりスーパーマンなんじゃないかなって思うよ。


「ね、おいし?」

「は、はい。・・・すごくおいしいです」

「ほんとうー? やったねん」


語尾に♪をつけるような口調で、禅さんが笑う。
わたしは、目の前に並んだ料理の数々を見てそっとため息をついた。煮込みハンバーグに具がたっぷりのスープ、にんじんのグラッセとマッシュポテトがついて・・・どこの洋食屋さん?っていうメニューが並ぶテーブル。どれも一流料理店(なんて行ったことないけど!)のメニューってくらい、おいしい。


「禅さん、お料理得意なんですか?」

「得意ってほどのこともないけど、物心ついたころからやってたからねん。母親がいなかったんだーよ」

「お母さん・・・? でも、宙くんとは・・・」

「宙? ・・・あぁ、あの子」

「え・・・?」


宙くんの名前を聞いた瞬間、すっと禅さんの目が冷えた。兄弟、って言ってたけど・・・でも、これ以上は踏み込むべきじゃない。


「な、なんでもないです」

「そ? ・・・あ、仁菜チャン」

「え? っ、ひゃ!?」


なんでもないって首を振った瞬間、禅さんはにこりと笑った。それから、何かに気づいたような声を出すと、にこにこしながら顔を近づけてくる。
やばい、と思ったときには、もう逃げられないくらいの距離まで近づかれてしまった。

そして、にゅるりという感触がほほを撫でる。


「あはっ。ソース、ついてたよ?」

「っ、い・・・言ってください、普通に!」

「えー? 普通にとってあげるよーう? 彼氏なんだから」


にこにこしながら言い放った禅さんの言葉に、顔が熱くなるのがわかった。
もう、もう・・・! 禅さん、本当に意地悪だ!


「じゃあ、仁菜チャン・・・はじめよっか」

「は、はじめるっ!?」

「うん、勉強するんでしょー?」

「あ、そ・・・そっか。はい、お願いします」

「なんだと思ったのー?」

「……食器の後片付けだと思ったんですっ!」

「へー? じゃ、まずお片づけからしよっか?」

「はいっ、食べっぱなしは申し訳ないですから!」


からかわれっぱなしが悔しくて、ぷりぷりとしながら言い返す。
……何をこんなに怒ってるんだろう、わたしは。


「じゃあ、勉強する?」

「よろしくお願いします」

「ん。じゃあ、なにからはじめよっか?」

「えっと・・・英語が考査の初日なんです。英語から教えていただいてもいいですか?」

「もっちろーん。教科書開いてねん。わー、懐かしーね」


英語のテキストを見て楽しそうな声をあげながら、禅さんがわたしのノートを覗き込んだ。
字、あんまりきれいじゃないから恥ずかしいんだけどな・・・。


「うーん・・・仁菜チャン、ノートの取り方がちょっとよくないのかなん?」

「ノートの取り方、ですか?」

「うん。そんなカラフルにしてたら、どこが重要かわからなくない?」

「で、でも・・・ピンクが一番重要で、オレンジは先生が強調したところで、緑は先生が丸で囲んだところ、・・・あれ? 水色が先生が丸で囲んだところ・・・?」

「あはっ」


自分のノートを覗き込んで、何色が何のポイントなのかを思い返そうとしていたら、禅さんがぷっと吹き出した。
うぅ、なんて言いながら振り返ると、禅さんがけたけたと笑っている。


「ね? カラフルなのもかわいいけどねん。赤と黒と・・・まあ、青くらいでいいんだよう。3色もあれば、分類できるんだから。現に仁菜チャン、わかんなくなっちゃったでしょう?」

「う、うぅ・・・」

「からかってごめんね? じゃ、今度こそはじめよっか。テスト範囲はどこかなん?」

「はい、えっと・・・」


ページを指さすと、禅さんはうんうん、と笑った。


「まずはリーディングからかなん。仁菜チャン、このページ読んでみよ?」

「お、音読ですか?」

「うん。大事だーよ? 音読って」

「は、はい・・・え、えっと・・・『いと、わず・・・あー、』」

「あはっ。かーわいー」


楽しそうな禅さんをじとっと睨みつけたけど、禅さんは目を細めて笑うだけだ。
い、いいもん。わかってるもん、わたしの発音がひどすぎることくらいっ!




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