禅さんって、やっぱりスーパーマンなんじゃないかなって思うよ。
「ね、おいし?」
「は、はい。・・・すごくおいしいです」
「ほんとうー? やったねん」
語尾に♪をつけるような口調で、禅さんが笑う。 わたしは、目の前に並んだ料理の数々を見てそっとため息をついた。煮込みハンバーグに具がたっぷりのスープ、にんじんのグラッセとマッシュポテトがついて・・・どこの洋食屋さん?っていうメニューが並ぶテーブル。どれも一流料理店(なんて行ったことないけど!)のメニューってくらい、おいしい。
「禅さん、お料理得意なんですか?」
「得意ってほどのこともないけど、物心ついたころからやってたからねん。母親がいなかったんだーよ」
「お母さん・・・? でも、宙くんとは・・・」
「宙? ・・・あぁ、あの子」
「え・・・?」
宙くんの名前を聞いた瞬間、すっと禅さんの目が冷えた。兄弟、って言ってたけど・・・でも、これ以上は踏み込むべきじゃない。
「な、なんでもないです」
「そ? ・・・あ、仁菜チャン」
「え? っ、ひゃ!?」
なんでもないって首を振った瞬間、禅さんはにこりと笑った。それから、何かに気づいたような声を出すと、にこにこしながら顔を近づけてくる。 やばい、と思ったときには、もう逃げられないくらいの距離まで近づかれてしまった。
そして、にゅるりという感触がほほを撫でる。
「あはっ。ソース、ついてたよ?」
「っ、い・・・言ってください、普通に!」
「えー? 普通にとってあげるよーう? 彼氏なんだから」
にこにこしながら言い放った禅さんの言葉に、顔が熱くなるのがわかった。 もう、もう・・・! 禅さん、本当に意地悪だ!
「じゃあ、仁菜チャン・・・はじめよっか」
「は、はじめるっ!?」
「うん、勉強するんでしょー?」
「あ、そ・・・そっか。はい、お願いします」
「なんだと思ったのー?」
「……食器の後片付けだと思ったんですっ!」
「へー? じゃ、まずお片づけからしよっか?」
「はいっ、食べっぱなしは申し訳ないですから!」
からかわれっぱなしが悔しくて、ぷりぷりとしながら言い返す。 ……何をこんなに怒ってるんだろう、わたしは。
「じゃあ、勉強する?」
「よろしくお願いします」
「ん。じゃあ、なにからはじめよっか?」
「えっと・・・英語が考査の初日なんです。英語から教えていただいてもいいですか?」
「もっちろーん。教科書開いてねん。わー、懐かしーね」
英語のテキストを見て楽しそうな声をあげながら、禅さんがわたしのノートを覗き込んだ。 字、あんまりきれいじゃないから恥ずかしいんだけどな・・・。
「うーん・・・仁菜チャン、ノートの取り方がちょっとよくないのかなん?」
「ノートの取り方、ですか?」
「うん。そんなカラフルにしてたら、どこが重要かわからなくない?」
「で、でも・・・ピンクが一番重要で、オレンジは先生が強調したところで、緑は先生が丸で囲んだところ、・・・あれ? 水色が先生が丸で囲んだところ・・・?」
「あはっ」
自分のノートを覗き込んで、何色が何のポイントなのかを思い返そうとしていたら、禅さんがぷっと吹き出した。 うぅ、なんて言いながら振り返ると、禅さんがけたけたと笑っている。
「ね? カラフルなのもかわいいけどねん。赤と黒と・・・まあ、青くらいでいいんだよう。3色もあれば、分類できるんだから。現に仁菜チャン、わかんなくなっちゃったでしょう?」
「う、うぅ・・・」
「からかってごめんね? じゃ、今度こそはじめよっか。テスト範囲はどこかなん?」
「はい、えっと・・・」
ページを指さすと、禅さんはうんうん、と笑った。
「まずはリーディングからかなん。仁菜チャン、このページ読んでみよ?」
「お、音読ですか?」
「うん。大事だーよ? 音読って」
「は、はい・・・え、えっと・・・『いと、わず・・・あー、』」
「あはっ。かーわいー」
楽しそうな禅さんをじとっと睨みつけたけど、禅さんは目を細めて笑うだけだ。 い、いいもん。わかってるもん、わたしの発音がひどすぎることくらいっ!
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