「ふ、ぇ・・・ぐすっ」
「ほらほら、泣かないの」
「あ、あの・・・幽霊・・・かわいそうでした、っ! 結婚式、の前・・・に・・・殺され、て」
「本当、かわいそうだーね」
「婚約者さん、復習のため、に・・・殺人鬼、に・・・なっ、て、うぅっ・・・」
「はい、ハンカチ」
「ありがと、ございます、」
あんなに怖かった映画は、恐怖を打ち消して真剣に見てみると、とっても奥が深くて切ない感動のストーリーだった。 彼を止めてほしいという思いで現れているのに、実態がないせいでその想いを人間に伝えられない、幽霊さんのもどかしい気持ち。やっと自分を見ることができる人を見つけても、相手にとっては恐怖の対象にしかならない自分・・・。クライマックスで、最愛の彼女を失った苦しみで猟奇殺人犯になった婚約者さんのところに現れた幽霊さんの悲痛の言葉は、いろいろと考えさせられるものだった。 ほんっとーに怖かったけど、心がぎゅっと締め付けられる名作でしたよ!
禅さんから受け取ったハンカチで涙を拭う。 禅さんは、わたしの言葉にうんうんと頷きながら、頭をぽんぽん撫でた。
「途中からまったく怖がらなくなっちゃったね?」
クスクスと笑いながら、禅さんが言う。 ……たしかに。 途中、禅さんから舐められ・・・、禅さんからのいたずら?のせいで、わたしの恐怖心は塵となって消えた。 禅さんと一緒にいると、いつもは怖いと思ってるものが怖くなくなってくるんだ。朝、電車の中でもそうだったけど。
「禅さんが隣にいると、あんまり“怖い”って気持ちを感じなくなる、かも・・・です」
「……そ?」
「・・・たぶ、ん…」
考えていたことをなんとなく口にしたら、禅さんはちょっと驚いたように目を開いて、それからクスリと笑った。 なんだろう・・・。最初に助けてもらったからかな? 禅さんなら、お化けも痴漢も、猟奇殺人犯すらもパパッとやっつけちゃいそうな気がするんだよね。 なんていうか、禅さんのほうが、よっぽど見えないんだもん。底、っていうのかな?
「仁菜チャン、お腹空いてる?」
「へ? あ、はい・・・ちょっとだけ」
映画館を出た瞬間、禅さんがにこにこと言った。なんだかいろいろ考えながら歩いていたわたしは、禅さんのその言葉でハッと我に返る。 言われてみると、映画が終わって現在18時ちょっと前。少し早いけど、お腹空いてきたかも・・・。
「何か食べたいものある?」
「食べたいもの・・・。うー、ん・・・なんでもいい、は・・・ダメですよね?」
こういうの、あんまり決められるタイプじゃないんだ。食べたいもの、かぁ・・・。
「なんでもいいなら、俺のうちで食べよっか」
「はへっ!? や、いやいやっ!」
悩んでいるわたしに、禅さんはニコニコとした笑顔を崩さないままそう言った。 ぜ、禅さんの家!? それは・・・昨日、ごにょごにょされた!?
禅さんの家には、“そういう”イメージしか、ない。 わたしは、首をぶんぶんと振って、禅さんの言葉を否定した。
「えー? なんでー?」
「な、なんで・・・って!」
「だって、試験前でべんきょーしたいんでしょーう? だったら、どこかに入るより、俺の家来たほうがよくない?」
「べ、勉強・・・?」
慌てるわたしに禅さんが言ったのは、「勉強」のふた文字だった。 ……そういえば、校門の前でそんなこと言ってた、ような・・・。
「なに? やっぱり期待しちゃったかなん?」
「ち、違いますっ!」
「仁菜チャンがしたいなら、俺頑張るよう?」
「が、頑張んなくていいですっ!!」
「ふうん? べんきょ、教えるの頑張んなくていいんだ?」
「べんきょう!?」
「あはっ。何だと思ったの?」
禅さん、本当に意地悪だ! ひとりで真っ赤になって慌てるわたしは、外から見ると本当にばかみたいなんだろう。 もう・・・もうっ!
「……勉強を、がんばりますっ」
「じゃ、俺んちでいーの?」
「は、はいっ!」
これ以上墓穴を掘ってなるものか!と力強く頷くと、禅さんはクスッと笑った。
「仁菜チャン、ちょろいなー」
「えっ!?」
「なんでもなーい。んじゃ、なんか材料買っていこっかー」
「う、は・・・はい」
……なんか、早まった、のかな? 禅さんは、至極楽しそうに笑うと、もたもたするわたしの手をくいっと引っ張った。
「、っ!」
「行こ? 手、握り返してねん」
「で、でもっ・・・」
「ほら、早く」
「は、はい・・・?」
禅さんの言葉には、なにか魔力みたいなものがあるんじゃないかと思う。言われたら、頷くこと以外、できなくなる。 恐る恐る握り返したわたしを見て、禅さんはうれしそうに笑った。
「ん、いい子」
いい子、の3文字を聞いた瞬間、なぜか体がぶわっと熱くなるのがわかった。 ……やっぱり、魔力があるんだ、絶対。
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