はやく、終わってほしい・・・。 スクリーンを視界に入れないようにしながら、時計に目をやる。 上映から、まだ30分・・・。まだあと、1時間半もある…!
「っ、・・・」
「ふふっ」
時計を見て愕然としていると、頭上からクスリと笑う声が聞こえた。 よ、よくこんなえぐい映画を見ながら笑えるなぁ・・・。禅さん、きっと心が強いんだなー。
そんな、ちょっとバカっぽいことを考えながら残りの時間をどう耐えるか考えている、と・・・!
「っ、ひゃ!?」
急に、耳元で水音が聞こえた。プラス、にゅるりとした感触。……ぜ、禅さん・・・いま!
「な、なめ、っ・・・!」
「しーっ。声、聞こえちゃうよ?」
一度わたしの耳から唇を離し、にこりと笑った禅さん。いま、禅さんがしたことと、その笑顔が不似合いで・・・。 ぽかんとしていると、再度耳に口付けられた。
「ちょ、っ!?」
「しー、ってば」
はむり、と唇で耳たぶを食まれる。そのまま、耳をぴちゃりと舐められて、体の芯がぞくぞくするのがわかった。
「ん、んっ・・・なに、して・・・」
「耳、ふさいであげてるんでしょ?」
「ふぁ、」
思わず声が出そうになって、慌てて手のひらで口を覆う。 禅さんはまた少し笑って・・・唇を、耳から徐々に下に下ろした。
「ん、んーっ」
「若いからなん? 肌、やわらかいよね」
「ん、・・・っ」
なんだかおじさんみたいなことを言いながら、禅さんがわたしの首筋にちゅ、とキスを落とす。時折噛み付かれたり、舐められたりするから、先ほどより体のぞわぞわ・・・というか、ふわふわした感じが増して、声を我慢するのが辛くなってきてしまった。
「ぜ、ぜんさん・・・」
「ね、仁菜チャン・・・吊り橋理論って知ってる? 吊り橋効果、のが有名かなん?」
「つり、ばし・・・っ、ふ・・・」
最後にペロリとわたしの首筋をひと舐めしてから、禅さんがにこやかにわたしの顔を覗きこんだ。 赤い瞳に捕まって、心臓がどくりと跳ねるのがわかる。
「人は恐怖とか、生理的に興奮している状態を恋愛してるって錯覚しちゃうんだって。心臓のドキドキが、なんのものなのかわかんなくなっちゃうんだーね。揺れる吊り橋の上と、揺れない橋の上でおこなった実験からついた名前なんだけどねん」
「つり、ばし・・・っ」
「つまりねー・・・仁菜チャン、いまドキドキしてる?」
「っ、へ?」
もはや、耳に入っていなかったスクリーンの音。耳に入るのは禅さんの声だけで・・・そんでもって、目に入るのも禅さんの整った顔だけだ。 でも、わたしはいま、とってもドキドキしていて・・・。でも、ドキドキして、るのは・・・。
「……、っ」
「ドキドキ、する?」
ダメ押しみたいに、禅さんがにっこりと笑う。 ドキドキしてる、けどっ! そりゃ、公共の場でこんなことされたらドキドキしますよっ! ……ちがうっ、釣り橋効果!? 映画が怖くて・・・それで、ドキドキしてるんだ!
「仁菜チャン、顔真っ赤ー」
「つ、吊り橋、ですっ!」
「あはっ、じゃあ、ドキドキはしてるんだー?」
「怖いだけですっ!」
「にーなチャン? 声、おっきいよ?」
「っ、」
言われて、自分が普段喋るのと同じくらいの声を出していたことに気づいた。慌てて口を塞ぎながら禅さんをキッとにらんだけど、禅さんは目元をやわらかくして笑うだけだった。
「んもう。素直じゃないんだから、仁菜チャンはー」
「素直ですっ」
「はいはい。わかったから、映画見よっかー? 耳、ふさいでおいてあげるからね?」
「い、いらないですっ」
「あは、」
ぷりぷりしながら禅さんから視線を外して、スクリーンに目をやる。 画面の中では、相変わらずのエグさで・・・形容しがたい音もいまだに続いてはいたけど・・・。
……全然、怖く感じなくなっちゃった。
映画以上のドキドキを味わったせいなのか、禅さんに対する怒りが恐怖を打ち消してくれたのか……それとも、つくりもののホラーより禅さんのほうがよっぽど怖いからかはわからないけど。
とにかく、わたしはなぜか冷めた目で・・・でも、なぜかちょっと感動しながら、全米失神者続出の大作ホラー映画を見た。
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