「仁菜チャン、こっち」
「は、はい?」
「道路側、危ないよー?」
「あ・・・は、はい」
くいっと肩を引かれて、道路と反対側に導かれる。 なんか・・・デート、だなぁ……なんて、ちょっと恥ずかしいことを思ってしまった。
わたしと禅さんは、街中に出てきていた。 「見たい映画があるんだーよ」なんて笑顔で言った禅さん。なんとなく、反抗する気も起こらなくて、わたしは禅さんのあとを着いて歩く。
禅さんは、モスグリーンのシャツに、ダークグレーのカーディガン、ベージュのスラックスという、昨日に続きシンプルなコーディネートだった。シンプルだけど、禅さん自体が人を惹き付ける風貌だから、ものすごくオシャレに見える。きっと変に気合を入れるより、ずっと。 対するわたしは……普通の、制服。プリーツスカートに、白シャツ、赤いチェックのリボン、エンブレムが入った紺のカーディガン。地元では、「かわいい」と評判の制服だけど、禅さんの横に並ぶと、どうも分不相応な気がする……。
そんなことを思って小さくため息をついた瞬間、にこにこ笑顔の禅さんが、わたしを覗き込んだ。
「ねえ、仁菜チャンホラー映画好き?」
「……! い、いいえ!」
「やったあ。じゃあ、ホラー映画、見ようねー?」
「な、なんでですか!?」
思いっきり首を振ったのに、禅さんはわたしの話を聞いていなかったのか疑うような発言をかました。
「ホラー映画、本当にダメなんですっ! CM見るだけで、トイレ行くのも怖くなっちゃうくらいで!」
「うん。だから、ホラー映画見よう?」
「禅さん、人の話聞いてます!?」
「聞いてるよーう?」
慌てて、自分がどれだけホラー映画が苦手なのかを語ったけれど、禅さんはクスクスと笑うだけだった。 絶対聞いてないよっ!
「ラブコメの定番じゃん。怖がる彼女の手をずっと握る彼氏サンって」
「え、えぇ?」
「仁菜チャン、キャラに似合わずホラー映画好きだったらどうしようかと思っちゃった。俺にしがみついてくるかわいい仁菜チャン見られないなんて、切ないでしょう?」
「え、えー・・・?」
シアターに入った禅さんは、「大人1枚、高校生1枚」とチケット売り場のお姉さんに伝えた。 呆然としていたわたしは、お財布を出すこともできなくて……。はい、と渡されたチケットを、なんとなく受け取る。 チケットに書かれた映画のタイトルを見て、わたしは卒倒しそうになった。
「…………ってこれ! 全米で失神者続出したって噂の!?」
「そうだーよ」
「や、やですっ!」
「だいじょうぶだってば。ゴーストもゾンビも、俺が追い払ってあげるからねー? 怖かったら一緒に寝てあげるし……。……ね? 怖くないでしょ?」
「こ、怖いですっ!」
むしろ、禅さんと一緒に寝るほうが恐ろしいですよ! 駄々をこねるわたしを見て、禅さんはぷーっと膨れた。
「うー、ん・・・。でも、恋愛映画だと、俺恋愛モードに入って仁菜チャンを性的にいじめたくなっちゃうし、動物映画だと、動物みたいに腰振りたくなっちゃうしー・・・」
「な、なに言ってるんですか!?」
慌てて周囲を見渡す。こんなこと、誰かに聞かれたら!
「アクション映画だと、アクションの激しさを見て激しくヤりたくなっちゃうし、SF映画は宇宙の広大さを見て開放的な気分になって、外で仁菜チャン襲っちゃいそうだしー」
「わ、わかりました! わかりましたからっ!!」
シアターにカップルが入ってくるのを見て、わたしは慌てて禅さんの腕にしがみついた。 禅さんはきょとんとした顔でわたしを見る。
「ホラーでいいの?」
「いいです、いいですからっ! いいですから、早く中に入りましょう!」
「わーい!」
禅さんは、子どもみたいに笑って、「3番スクリーンだって」とわたしを先導した。 うー・・・。ホラーは苦手、だけど! 今となっては、禅さんより怖いものってこの世にないんじゃないかとすら思うよ!
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