願いの深淵が交錯するとき


「おかえりなさい、みんな!」


笑顔のシュメリアに出迎えられ、ナマエ達はようやく一息ついた。「どうやら、無事仲直り出来たみたいね」…嬉しそうなシュメリアに、リソルがいつもの憎まれ口を叩くものの、それすら非常に微笑ましい光景に映るのだから、やはりこの空気が一番だとナマエは思う。改めて、おかえりなさいと告げた各々に、リソルはやっぱり気恥ずかしそうで、同時にとても嬉しそうだった。「変わったものだ。リソルくんも、君も」「…そう、ですね」小さな学園長の呟きに、ナマエが異を唱えることはない。バウンズがリソルをどうにかすると告げたとき、ナマエの中には暴風のような感情が吹き荒れた。守ってきた全てを覆してでも、それを阻止しなければならないと思った。どうしたって、それが全ての答えなのだ。


「さて、リソルくん。一つ教えて欲しいのだが」
「なに?」
「キミは何の目的があって、この学園へ入学したのかね?」
「ああー、その話ね。いいよ、今回はアンタにもいろいろと世話になったみたいだし」



バウンズの問いに、案外あっさりと頷いた、リソル曰く。

リソルの主はネルゲルやマデサゴーラと違い、穏便派で、アストルティアに住む人間にかなりの興味があるのだという。(そのきっかけはネルゲルを討ち果たした、時渡りの術を使う最後のエテーネ―ーまあつまりナマエだったというのだが、これはリソルが後からナマエにだけ、こっそり教えてくれた。まさか主人が人間に興味を抱くきっかけになった人物とこんな場所で出会い、まさか気持ちを通わせることになるなんて思わなかったと、リソルは目を逸らしながらぼやいていた。)そんなこんなで主人に見込まれたリソルは、才能ある人間の集まるという学園に潜入して、人間たちのチカラや将来性を調査してこいと命じられたらしい。

これまでの収穫はイマイチといったところだったらしいが、今回の関連や自分の感情の変化、ナマエの存在もあり、興味深い報告が出来そうだと、リソルは秘密を晒して笑った。一緒だね、センパイ。どこか嬉しそうに動いた唇が、そんな言葉を紡いだ気がして、ナマエは、思わず笑ってしまう。誰だって心の奥に一つは秘密を抱えていて、それは大抵の場合、人に知られたくないものだ。ナマエも、リソルも、人には知られたくない秘密を抱えてここにやってきて、秘密が招いたトラブルで周囲を巻き込み、その果てで許された。――…一緒だね、ほんとに。箱庭の中心で、秘密を晒し合った仲間と笑う。


「ふふ、リソルくんも少し丸くなった?」
「アンタはタヌキらしく腹つづみでも打ってたら?それも報告しておいてあげるからさ」
「うわ〜んまったく変わってない〜!今度うっかり魔族化したら、2本のツノをかわいくデコってやるんだから〜!」
「あ、それならトラウマ刺激されなさそう」
「…ナマエがそう言うなら、わたしもデコる」
「ドラキーのデコなどどうじゃろう、かわいいぞ」
「死んでもゴメンだね!」
「なら、魔族化しないことですわね」
「違いねーな」
「…デコ?」


未知のワードに首を傾げたミランを見て、…耐えきれなかったらしい。はっはっは、とバウンズの大きな笑い声がフウキの対策室に響き、次いでシュメリアの吹き出す声が聞こえ、顔を見合わせたフウキの面々の脳裏にはツノを可愛らしくデコレーションされた魔族姿のリソルが浮かび……「あ、ちょっとカワイイかも」「うんうん」「リボン、ドラキー、…似合いそうですね!」「…結構、たのしそう」「っぶふ、」「…くっ、」「ちょっと、王子サマもアンタもやめてよ、ちょっと、…そっちも想像すんな!」――リソルの制止の声は届かず、各々が耐えきれずに笑い出す。


「はは…どうやら私の見込み通り、キミは不審な目的で入学したわけではなかったようだね。それに、また暴走したとしても、フウキ委員の仲間が居れば大丈夫だろう。…魔族出身の学生というのも面白いじゃないか。きっと学園としても、新たな学びが得られるだろうからね」
「へえ、……受け入れるっていうの?このオレを?」
「うむ。キミの学園での調査は大きな成果を得ることだろう。ここにいるのは、みんな自慢の生徒たちばかりだからね」


――もちろん、君も含めてね。

バウンズの言葉に、リソルがそっと目を逸らす。気恥ずかしさや嬉しさを隠そうとするとき、リソルは目を逸らすことを、ナマエ達はよく知っている。「良かったな、リソル!」「…フン、このおバカ先輩と一緒にされたのは納得いかないけど」「…ふふ、リソルさんの目的のためにも、一日も早く学園の平和を取り戻さないとですね」振り向いたフランジュの言葉に、ナマエはそうだね、と静かに頷く。――現段階で遺跡の調査はこれ以上進められないが、肩の荷がひとつ、降りた気分だ。


わたしときみの願いの深淵
20170713


「ナマエ」
「どうしたの、リソル」
「…結局さあ、学園長がネタばらしするまで、オレのこと言わなかったんだって」
「そりゃあ、約束したから」
「義理堅いっていうか、…ホントにオレのこと好きだよね?」
「まあね」
「否定すればいいのに」
「本当のことだから」
「……よく恥ずかしげもなく言えるね」


少し離れているといえど、フウキの面々やバウンズ、シュメリアが同じ空間にいるというのに、ナマエはいつも通りの反応だ。「…まあ、ちょっとは恥ずかしいけど、でも本当のことだし、うん」「…アンタでも恥ずかしがるとかあるんだ」恥じらいという概念があるのなら、冥王の影と戦った時、制服がずたぼろだったのも気にしてほしかったとリソルは考え――…自分の脳内が明らかに平和なものになっていると気が付き、自嘲する。


「私ね、リソルが魔族だって知ってても、全然気持ちが変わらなくて」
「…へえ」
「びっくりはしたし、嫌な記憶が甦ったけど、でも、」
「でも?」
「……リソルがいなくなるって思ったら、それが一番怖かったよ」


へにゃり、どうしようもないよね、と表情を緩めたナマエが、ごめん、と呟く。「…ごめんは、オレじゃないの。アンタを信じ切れてなかったわけだし、戻れるなんて思わなかったし、アンタを否定した」「うーん、でも、…やっぱり信じられないのは分かるよ。種族が違うって大きな壁だし」何よりやっぱり、人間は私利私欲にまみれた生き物だよとナマエは言う。「私だって、――……な、んでもない」「なに」「…聞かないで」まさか学園長がリソルを殺すことになるかもしれないとなったとき、自分が感情を剥き出しにして、実力でそれを阻もうとしたなどと、…言えるはずがないではないか。


「ああ、もしかして学園長がオレを処理するってなった時に、アンタが」
「な!?な、なんで知って、」
「ドラキー女が自慢してきた」
「ラピスなん、なん、なんで言うの!」
「………」


無言で親指を立て、メルジオルにはたかれているラピスはしてやったりという顔である。「ラピス!…違、わないけどその、リソル、あの、」「ほんと、オレのこと好きだね」「好きだけど、好きなんですけど、……うああああ」かっ、と顔が熱くなり、ナマエは思わず手のひらで顔を覆う。普段、常に冷静なナマエが真っ赤になる姿はなかなかにレアなもので、リソル始めナマエの反応に気が付いた周囲は思わずまじまじとナマエのその表情に見入った、わけだが。


「……リソルだって、ほら、人間の短い一生分ぐらい一緒にいてくれるとか、幸せにしてやれないとか」
「今それ言わなくていいんじゃない?!」
「え!?え!?待って!?リソルくんってばナマエちゃんにそんな、プロポーズしてたの!?」
「タヌキ先輩はちょっと黙ってろ!」
「いやー…リソルお前も隅に置けねえな…」
「黙ってろってばアンタも!」
「なんて大胆な…でもちょっと憧れてしまいます」
「熱いな」
「そっちもうるさい!……ああもう!ナマエ!」


周囲の声に耐えられなくなったリソルがナマエの名を呼び、顔を上げたナマエの腕を掴んで走り出す。「な、ちょっ」「あ!待ってよ二人とも!プロポーズの件ぜひとも詳し、」「嫌だね!」クラウンの声を振り切って、リソルはナマエと対策室を飛び出した。階段を駆け上る足に迷いがないからきっと、屋上へ向かうのだろう。…思えばリソルに出会ったのも、秘密を纏った姿を晒したのも、二人して屋上だったとナマエは振り返り、頬の熱を感じながら、腕を引くリソルの背を見つめてまた、笑う。


――種族が違うかもしれない。運命の渦が交差しているのは、一瞬かもしれない。


それでも一緒にいられるなら、何を犠牲にしたって惜しくないと思うのだ。