例えこの目が見えずとも、君の元へ歩いてゆく


講堂を飛び出し、校舎に駆け込み、空き教室を目指し走る。もどかしい、もどかしい、もどかしい―――…胸の中にはただただ、リソルの身を案じる気持ちしか残っていない。

魔法陣の張られた空き教室は、もうすぐそこだった。学園長の魔力で閉じられたそこをどう破るか、先頭を走るナマエが一瞬思案したそのとき、何かが砕けたような大きな音が空き教室から響き渡る。それと同時に空き教室を閉じていた、学園長の魔力の気配が掻き消えるように失われ、ナマエはまさかと空き教室に飛び込んだ。ナマエに次ぎ、アイゼル、ミラン、フランジュ、クラウン、ラピスが教室へとなだれ込む。


「…なんということだ。リソルくんの魔力が、これほどまでとは」
「おい、リソルがいねえぞ!?」
「キミたち!…どうして、ここへ」


フウキの面々が現れたことに驚くバウンズ以外に、空き教室には誰もいない。暴走したリソルが学園長の結界を破ったのだと、ナマエはすぐに察し、リソルの魔力の気配を探るべく目を閉じた。分かりやすい、禍々しい、暴走した魔力のにおい。ナマエの頭上、空の方で、渦を巻いている気配。


「学園長!あたしたち、リソルくんに会いに来たんです!」
「…気持ちは十分に察するが、今の彼は普通の人間の手にはとても負えない状況なのだよ。私にも、どうすることも出来ないほどにね」
「そんな、」
「状況を教えてください」


言葉を詰まらせたクラウンの隣で、フランジュがバウンズに挑むように問う。「…たった今、彼は膨大な魔力を解き放って、私の魔法陣を破りチカラを暴走させたまま、飛び出していってしまった。…このままでは、他の生徒達に危険が及ぶ。…いや、それどころか、」一度言葉を区切ったバウンズは、静かにフウキの面々を見据え、最悪の場合、リソルの魔力によって、学園そのものが崩壊する危機にあると告げた。思わず口元を抑え、ショックを露わにするクラウンの隣で、フランジュも眉を潜め、そんな、と微かに声を漏らす。


「私は学園長として、いかなる手段を以ってしても、彼を止めねばならない。たとえ、彼の身に危険が及ぼうとも、だ」
「…リソルが、死ぬってことかよ」
「場合によっては、それも覚悟せねばならん」
「そんなのって……」
「学園長、」


――今、私が剣を握れるのは、彼が手を引いてここまで連れてきてくれたから。

――だから、今度は私が、彼の手を引きここまで連れてくる。


「リソルの身に危険が及ぶことなんて、させません」


ずっと黙っていたナマエのその声は、沈んでいたフウキの面々の瞳に、次々と光を宿していく。「…いくらキミでも、」「やります」躊躇うバウンズの言葉を遮り、ナマエは腰の剣に指先を触れさせた。あの日、リソルが握らせてくれた剣だ。…どうか、どうか、お願いだから、あの時の言葉を全て取り消して。幸せにしてやれないなんて、決めつけないで。リソルがいなくなることが一番、幸せになれない未来なんだって、知ってるくせにそんなことを言わないで。伝えたい言葉が堰を切ったように溢れ出す。


「屋上に向かいます。…リソルは、そこにいますね?」


**


階段を上るたび、禍々しい気配が濃くなってゆく。

屋上への扉を開いた、ナマエはまずリソルの名を呼んだ。周囲を見渡したミランが、空を指差し、ナマエはそちらに目を向け、あまりの魔法力に目を細める。

見上げた空に浮かぶのは、明らかに様子のおかしいリソルだった。駆け寄ろうとしたミランを、フランジュがすぐに引き留める。……微かな唸り声を上げたリソルと、ナマエは一瞬、目が合った気がした。次の瞬間、魔獣の咆哮に似た叫び声で拒絶を訴えたリソルの全身から、膨大な魔力が溢れ出す。…こうなれば、私が手を汚してでも。背後にいたバウンズの小さな呟きを聞いたナマエは、衝動的に剣を抜き、バウンズを制す。


「…絶対に、させません」
「しかし、」
「ナマエの言う通りだ。オレたちが大人しくさせてみせる」
「リソルくん。…今度はあたしが、助ける番だよ」


クラウンがナマエに次ぎ、弓矢を構えたのを見、アイゼルが、ミランが、フランジュが、ラピスが――各々の武器を取り出し、構える。しかし、と一瞬躊躇うバウンズの視界に、振り向いたナマエの顔が飛び込んでくる。…剣を構え、迷いのない視線で、バウンズを射抜いたナマエの唇が、バウンズにだけ聞こえる声で、動く。


――激情は何かを変えるから


それはナマエがリソルに証明してもらった、たった一つの揺るがぬ真実。


「…キミたちに、賭けてみよう」


頷いたバウンズの瞳が蒼く輝いたと同時、屋上を強力な結界が包み込んでゆく。


20170707


ずっと一緒に戦ってきた、仲間の動きが分からないはずがない。
暴走しているとしても戦いの癖や、動きが大きく変わることはない。

恐ろしい速度で詠唱されるドルマドンを潜り抜け、召喚されるシャドーを薙ぎ払い、ナマエは持てる技術の全てを駆使して、リソルの槍と打ち合う。恐ろしい速さで動くリソルに対応出来たのは、全員がそれぞれ、リソルと同じようにそれぞれの視点で、リソルのことを見ていたからだろうとナマエは思う。動くたびに凪ぐ銀色の髪は、ナマエを捕らえて、仲間の姿を捕らえて揺れる赤色の瞳は、どこか喜んでいるようにさえ見えた。


――やがて、ナマエの剣がリソルのケラノウスを弾き飛ばし、魔族は地に膝を付く。