毒林檎を食べても王子様が来ない場合は?


―――遺跡の奥へ。

願い、武器を振るうナマエ達に、願いの想域は応えてくれたようだった。回廊の最奥に辿り着いたフウキの面々の目の前で、古びたボタンは光を纏い、美しい翡翠色の光を放つカギへと変化した。"宿願"の名を宿したその鍵を手にしたナマエが一番最初に考えたのは、"宿願"という言葉の意味のこと。――強い願い。かねてからの、望み。長い時間をその願いと共に、過ごしてきたことを意味する言葉を宿した鍵には不思議な重みがあった。

カギを手に再び遺跡に赴いたナマエ達はカギ穴に吸い込まれるように差し込まれたカギを回し、封印の異界へと飛び込んだ。以前戦った者より明らかに強い守護者との戦いにナマエ達は最初こそ戸惑ったものの、しかし強くなっているのは敵だけではない。


「ナマエさん!」


フランジュの声に飛び退くと、オノがナマエの鼻先をかすめて一閃、エレメント系守護者の身体を切り裂いてその意識の集合体を散らす。よくやるよね、とナマエの隣で呆れと感心を足して二で割った感想の声を漏らしたリソルは槍を薙ぎ、散った守護者の"核"を貫いて倒しながら、新たに湧き出した守護者の群れに飛び込んでいくフランジュの背を見送り、援護すべく静かにドルモーアの詠唱を始める。その顔色が明らかに悪化しているのは一目瞭然だ。各々の意識がリソルに向いていることに、本人は気が付いているのだろうか。気まずそうに、疎ましそうに潜められる眉根の理由はそこか。

呪文を詠唱する無防備なリソルに襲い掛かろうと、飛び込んできた守護者を冷静に処理しながら、ナマエはどうにかしてリソルを休ませるための言葉を頭の奥で選別していた。――無理しないでほしい、だときっと無理なんてしていないと返されてしまう。かといって無理矢理救護室に閉じ込めたら後が怖いし、ここはラリホーマで眠らせて……――いくらでも考えは浮かぶのだが、そのどれも正解とは程遠いところにあるように思えて仕方がない。結局上手い言葉を探しきれないまま、ナマエ達は封印の守護者達を全て倒し、彫像を封じていた鍵穴を解放した。結界から出たナマエ達の目の前で学生服の少女の幻影が第二ボタンに喜びの声を上げたと思いきや、ナマエの手にした第二ボタンが強い光を放ち、大きな光の塊へと変貌する。まっすぐ、ナマエのからだの中に飛び込んできたその光を受け止めたナマエは一瞬、何が起きたか理解できずに目を見開いて動きを止めた。――胸の奥に居場所を決めたらしいその光は色を消し、宿り主となったナマエにだけその存在を示している。


「ナマエ、大丈夫か!?今の光は、」
「…平気みたい。なんだろう、これ…変な感じ」


駆け寄ってきて肩を掴み、光に襲われたナマエを心配するミランを宥めながら、ナマエは自らの胸を抑えた。――生きていたい、生きていたい、生きていたい。胸の奥で、自分の声が響く。かつてから今まで、ナマエの中で揺らがずに存在するその願いは、ナマエの宿願に違いなかった。
フウキの面々は誰もが皆、まったく違う強い願いを、宿願を胸に秘めている。そして、おそらくこの中で一番、強い宿願の意思を持っているのはナマエだった。なんとなく、宿願の光が自分の胸に宿ったことの意味を理解したナマエは静かに、その光を受け入れるために頷く。「ナマエさん、大丈夫なの?」「はい、問題なさそうです」シュメリアの伺う声に微笑で返し、ナマエは次に鍵穴を示した彫像を振り仰ぐ。再び頭の奥で響いた声は、学園長の肖像画を求めているようだった。


20170520


講堂に戻り、その足で旧校舎に赴いたフウキの面々が見守る中、ナマエは肖像画を壁から取り外した。さてこれをどう武道場に持ち込むか。物理的に難しい問題として、全員が首を捻るより早く、ナマエの胸から光が溢れ出し、肖像画を宿願のカギへと変化させた。どんな手を使ったんだよと驚くアイゼルに、これで武道場に行く手間が省けたと喜ぶメルジオル。

この肖像画にどれほどの強い願いが込められているのかと首を傾げ、胸に宿った宿願の光を抑えるように胸に手を添えたナマエは、妙な胸騒ぎに顔を顰めた。――順調に物事の進んでいる時こそ、それを阻む大きな出来事が起こる。これまで培ってきた旅の記憶が、警戒を怠るなとナマエに告げていた。手にした宿願のカギはじんわりと重く、ナマエの表情を明るくしない。

顔色の悪いリソルだけが静かに、ナマエの横顔を見つめていた。