其の三


「あ、いたいた。リソル、ちょっといい?」
「…なに?」
「まあまあ、いいから」


リソルが少し不機嫌そうなのは、対策室の入り口からリソルを手招きで呼んだ、ナマエの姿にクラウンがあらあらあら、と口に手をあて呼ばれたリソルに笑みを向けたからであろう。「…ひみつ」「秘密の話かもしれんがラピス、お主にはまだ早いぞ」「…がんばって」――メルジオルの言葉は右から左、完全に流してしまったラピスはリソルに親指をぐっと立ててみせる。眉間に更に皺を寄せたリソルが、それでもナマエに促されるまま、フウキの対策室を出たのは好感度故であろう。以前ならば考えられないほどの劇的な変化である。小生意気なのにリソルは非情にかわいい。


「何、ニヤニヤしてんの」
「ニヤニヤ?」
「顔、すっげーニヤついてる。ブスになるよ、そんな顔してたら」
「わあ辛辣だ」
「厳しくしとかないと、アンタ調子乗るでしょ」
「それはもう手遅れかなあ」


へらりと笑ったナマエの言葉に、口を詰まらせたリソルが目を伏せ、視線を逸らす。調子に乗っているのは当然、リソルがナマエのことを好きだと、ナマエが知っているからである。年齢と経験値の差は大きい。流石に普段はナマエの方が上手だ。照れ隠しの棘を受け流すことにも慣れてしまったものである。


「……で?何、オレだけ呼び出したりして」
「そうそう本題。はい、リソル。これリソルのでしょう」
「え、オレの生徒手帳じゃん。なんでアンタがこれ持ってんの」
「テラスの天井から落ちてきたの」
「ああ、なるほど」


それだけですぐにリソルには、合点がいったようだった。

聞くところによれば、リソルは以前から頻繁に、あのテラスのあずま屋の上で、授業をサボり昼寝をしていたらしい。するとある日、テラスの柱を叩き、自分の昼寝を邪魔する生徒が現れたのだという。
恋愛相談を持ち掛けてくる女子生徒――コロネのことなのだが――の質問に対し、時折リソルはリソルなりに、答えていたらしい。それが積み重なり、コロネはリソルのことを"キューピッドさん"と呼ぶようになったのだという。この話だけでナマエはリソルがやはりお人好しであることを再確認、和やかな気持ちになるのだが、今はまあそれは置いておいて。


「まあ、最近フウキでこっちにばっか居たしな。すっかり忘れてたわ。…………」
「…リソル?」
「そうだ。オレの代わりにあいつに伝えてよ。キューピッドさんからのありがたいお告げ」
「いいけど…」
「よろしく。…それじゃ、一回しか言わないよ」


――ナマエの目の前で、目を閉じたリソルが静かに息を吸い込む。


「『図書室で、"若き哲学者の告白"を借りよ』――あいつにちゃんと伝えてよね」


20170119