To dearest heart


- 望む -




「そういえばセナ、お前あの赤髪の竜族が好きなのかよ」
「っ!?」


唐突なヒューザの問いかけに、セナは思わず噎せ返りそうになる喉を抑えた。「…マジか」「な、なん、なんで!?」「いや、なんとなく…」言葉を濁すヒューザの喉元に手を伸ばしたセナはヒューザのベストの裾を掴んだ。なんとなくとか言っているがヒューザは間違いなく確信をもって、その問意をセナに投げたはずだ。羞恥で頬を染めたセナは必死に手を伸ばし、ベストの裾ではなく襟首を掴んでやろうと躍起になっている。怪訝そうな目でセナを見たヒューザは、小柄な友人が背の高い自分の襟首を掴むのに手が届かないのを知り、どうしてオレがと小さくぼやきながら渋々、セナのためにその場に座り込んでやった。ヒューザの付き合いの良さと面倒見の良さを改めて知ったセナは遠慮なく、ヒューザのベストの襟首を掴む。


「…なんで!?」
「王子の恰好してた時、街ですれ違う女がオレを見るのと似たような目であいつを見てた」
「え、ええええ……」


そんなに分かりやすく熱っぽい瞳で、自分はトビアスを見ていたというのか。

セナの頬に熱が集い、視界が空気でじわりと歪む。セナに目線を合わせたヒューザが、面白いものを見るような目でセナを見、へえ、と小さく声を上げた。「お前、ああいうタイプが趣味なのか。意外だな」「趣味っていうか、一目惚れっていうか、気が付いたらもう、」「…否定しねえんだ」本当にますます、珍しいものを見るような目でヒューザがセナの顔を覗き込む。随分と長い付き合いになってしまった友人は、ヒューザの目の前で俯いてしまっていた。長い付き合いの中で一度も見せたことのない表情、それは所謂、雌の顔というやつ。

普段、戦いの最中で大物武器を振り回す人物とはまったく別のセナが、ヒューザの目の前に佇んでいた。そんなセナを見た上で、恋ってすげえな、というざっくりとした感想しか抱けないヒューザは、セナのこんな表情を引き出した竜族の神官のことをぼんやりと脳裏に思い描く。………敵意を剥き出しにする表情の、竜族の男しか思い出せない。


「相当キレてたけど、普段からあんなヤツなのか」
「違うよ。トビアスはすごく生真面目で不器用で、忠誠心に厚いひとだよ。…あの時はちょっと、フィナさんの傍仕えのあの人が…彼の生きる理由を否定したから」
「生きる理由、ねえ」
「水の領界と他の領界では、生活が随分違う。…私は自分で見たものしか信じないし、自分の正しいと思った方へ進みたいけど…」
「絶対的にあいつらの味方をするって言いたいのか?」
「………好きな人が、生きる理由を否定したくない。ヒューザなら分かるでしょう、愛するひとを守るためなら、どんな戦いだって受け入れたいと望むこの感情の名前を」


見返りなんていらない、と吐き出したセナの顔は一瞬で、恋に惚ける女のものから未来を見据えた戦士のものへと変わっていた。それなりに修行を積んだヒューザでも、一対一でセナ戦ったとき、勝てる可能性は低いだろうと思わせてしまうほどの意志の強い瞳。

――微かに、揺らいでいる瞳。


「もしもの話だ。ディカスの言うことが本当で、お前らが信じてきた神が邪神だったらどうするんだ?」
「……どうするんだろう、私」
「決めなきゃならないときは来るだろ、近いうちに」
「…………私は、トビアスと幸せになりたいんだよ」
「それが無理だと分かったとき、どうする?」


視線が揺らぐ。意志とともにゆらゆらと、切望が願望と入交り、セナの瞳を濁していく。意地の悪い質問をした自覚がヒューザの中に芽生えたとき、セナは目を閉じてどこかに思いを馳せていた。答えがセナの深淵で、見つけてもらえるのを待っている。ヒューザはそう捉え、セナが言葉を紡ぐその瞬間をじっと待つ。


「…生きていてくれたら、いい。恨まれたって、嫌われたって、…多分それで死にたくなるぐらい辛い気持ちを味わうんだろうけど、盾になってあの人が生きる未来を守れるならそれがいいし、そのために強くなりたい。トビアスの幸せの傍にありたいと思ってるけど、無理ならせめて、彼の幸せの贄になって、……それすら許されないところには、いきたくなくて」
「あー、……分かったって。お前の気持ちはよく分かったよ。泣きそうな顔すんな、困るだろ」
「……ヒューザが意地悪な質問するから、こんなこと考えたんじゃない」
「…そりゃ悪かったけどよ」


そんなに好きなんだな、とヒューザが呟いた声は、ルシュカの墓場の土に還るのだろう。


20161109