To dearest heart


- 願う -




――私の故郷も海に囲まれた、自然の多い小さな孤島だったの。


「ここは、すごく綺麗な場所だね」
「…空気が一定の速度を保ち、流れているように思います」
「うん、それが好き。…エテーネに少しだけ、似てる気がする」
「解放者様の故郷は、エテーネと言うのですね」
「すごく綺麗な島なんだよ。今は昔と少しだけ、変わっちゃったけど」


水の聖塔への手掛かりを探すべく動こうとしたセナが、まずは簡単に周囲の案内をしようと名乗り出たトビアスを、拒む理由は無かった。

トビアスと並んで歩きながら、セナは故郷に思いを馳せ、目を細めて笑う。見渡すオーフィーヌの海は広く、穏やかで、静寂を孕んだ波の音を響かせている。エテーネの村から眺めたいつかの海が、こんな色だったような気がした。過去に成ったあの時間のなかで、自分は何を考え、何を成すために息をしていただろうか。大きな運命の渦に飲み込まれることを想像すらしなかった幼いあの日は、平穏な日々が続くと何の根拠もなく信じていた。


「トビアスの、」
「はい」
「………ううん」
「…解放者様?」
「…なんでもないよ。帰れない場所に、思いを馳せるのはよくないね」


トビアスの故郷はどんなところだったか、聞きたいけれどそれを聞いたときの、答えに困るトビアスの苦い顔を見たいとは思わない。首を振ったセナは聞いたことも、見たこともないトビアスの故郷に、想像だけで思いを馳せることにし――…やめた。俯き、口を噤んで少し考えればすぐに分かることだ。息をすることさえも難しい、あの炎の領界の過酷な環境下で、その中でもさらに厳しい幼少期を経て――生きてきたトビアスの前で、美しく澄んだ空気が流れる、オーフィーヌの海を故郷に似ていると表現したのは、どう捉えられただろうか。


「いつか、…貴方の故郷をこの目で見てみたいものです」
「…へ、今なんて?」
「今の貴方を構成している時を流した、その場所を見たいと言いました」


地面を眺めていた顔を上げ、盗み見たトビアスの横顔は真面目そのものである。それでなくてもトビアスはそういった類の冗談を言わない、言えない人物であるとセナはよく知っていた。そういった人柄に惹かれて、トビアスに思いを馳せるようになったのだ。ああ、なんで、こんなに優しいんだろう、このひとは。どうしてこんなにも、甘い夢を見せてくれるのか。これから先の時間が全て、この夢に溺れて過ぎてしまえばいいのに。


「……全部終わったら、アストルティアに遊びに来てね」
「ええ、全てが終わったならば、その時には」


20161025