To dearest heart


- ときめく -




「……これ、本当にお菓子なのか?」
「このあいだの会合の時は、タルトとか出なかったの?」
「でかいケーキはあったけど、こんな…なんていうんだ?透明できらきらしてて…すげーな」


イチゴ、パイン、オレンジ、マンゴー、桃、さくらんぼ。中心にはチョコレートで出来た小さな竜族の女の子。フルーツをふんだんに使い、シトリンのような色合いのジュレで閉じ込めたフルーツタルトはまるで生きた宝石箱だ。そして、テーブルの上に置かれたタルトにじいっと見入るルビーは、ただの女の子だとセナは思う。きらきらしたもの、カラフルなもの――…幼心に心躍らせるものは、女の子ならきっと誰でも一緒。そう思い、ルビーを思い浮かべたときにセナの中に浮かんだのはカラフルでぜいたくで、美しいフルーツのタルトだった。もちろんイチゴのショートケーキの王道のときめきも捨てがたかったけれど、でもルビーの深紅の瞳を思い浮かべたら、宝石のようなものを作り上げたいと思ったのだ。

きっかけはエジャルナに訪れたセナが、キッチンでルビーと遭遇したことだった。つまみ食いをしようとキッチンに忍び込んだルビーは食べ物があるのはいいものの、会合の時のようなごちそうにあやかりたいとセナに零したのである。特別な予定もない日に豪勢な食事を振る舞えるほどナドラガンドは潤った世界ではないのに無茶なことをと嘆く厨房の使用人たちに、それならとセナは名乗りをあげたのだ。ルビーの食欲に調理人魂が揺さぶられたと言った方が正しいか。

「な、な、なっ………!?」
「――ちょっ、」
「なんだこれ――――――!?!?!?!?!?!?」


――神殿が揺れるかと思うほどの、大声。

きいいいん、と耳の奥で響いた音を抑えようとセナが耳に手のひらをあてがった瞬間には、ルビーは次のひとくちを、そしてまたその次のひとくちを躊躇うことなく口に運んで――いや、運ぶというよりは放り込んで、といった方が正しいか――いた。微かに散る薄い橙色の輝きはオレンジを使ったジュレ。名の由来の通り深紅に輝く、宝石のような瞳をきらきらと輝かせ、ルビーはセナの持ち込んだタルトを恐ろしい勢いで食べ進めていく。作り手冥利に尽きる食べっぷり。セナの頬も思わず綻ぶというもの。


「セナっ!」
「おいしい?」
「うまい!サイコーだ!しあわせだ!」
「それはよかった」


どうしようもなく緩む頬を隠す理由は見当たらない。しあわせそうにオレンジジュレたっぷりのフルーツタルトを頬張り、笑うルビーの表情を見ていれば、心臓の奥からぽかぽかと暖かな気持ちが湧き上がってくる。「一度に全部食べたら、飽きちゃうんじゃない?」「…んむ?」食べる手を止めず、きょとんとした顔でセナの問いに返すルビーは、そういえば非常によく食べるのだった。1ホールとはいえ小さなタルト一つじゃ、この小さなお姫様のお腹を満たすに足りなかったのかもしれない。


「ルビー、今度はルビーの食べたいもの、なんでも作ってあげるよ」
「これ!これがまた食べたい!」
「まだ食べてる最中なのに?」
「でも、すっげーうまいんだ!…それにこないだの会合で見た、どのケーキよりも綺麗だ!」
「じゃあ今度は別の、また綺麗な…そうだなあ、タルトじゃなくてケーキ焼いてくるよ」
「別の綺麗なケーキ…」


食べる手を止め、まだ見ぬスイーツに想いを馳せるルビーは、本当に愛らしくてたまらない。会合の後処理に追われているのであろうトビアスがルビーを甘やかさないでくださいと後々釘を刺してくるのだろうが、セナも"女の子"である以上スイーツへのときめきは止められないものだと知っているし、そういう意味ではルビー側だ。何よりトビアスの娘である。そりゃあさんざんに甘やかしたいし可愛がりたいというもの。


「それにケーキ以外にも、おいしいお菓子はたくさんあるから、また作ってくるね」
「すっげーな、セナ…!」
「すごくないよ、ルビーだって覚えちゃえば作れるようになるもの。あ、何なら今度一緒につくろうか?」
「なっ、作る!作りたい!」
「じゃあ、ルビーも作りやすいような簡単なもので…持ち込める材料で…考えておくね」
「やった!」


フォークを握った拳を危ないよと諭せば、だいじょーぶ!と元気のいい返事が返ってくる。「作ったら、トビアスに食べさせてあげようね」「とーちゃん、喜ぶかな!」「そりゃあ喜ぶに決まってるよ」――さんざん振り回されている娘が疲れているところに、差し入れだと甘いお菓子を手渡してくる。そんなの、喜ばない父親がいるはずないじゃないか。気恥ずかしそうにルビーに礼を述べるトビアスに頭を撫でられ、まんざらでもない顔をするルビーの姿を脳裏に思い浮かべたセナは、型抜きが楽しいという意味でもベタにクッキーがいいかと材料の手配を考え始める。考えるために黙り込んだセナの目の前では再び、ルビーがタルトを口に運び始める。最初の勢いはどこへやら、食べ終えるのが名残惜しいと言わんばかりにゆるやかに、堪能しながらじっくりと。


20180327


ルビーちゃんをお菓子で甘やかしたい