05


マーニャのせいで熱を孕んだ頬から、羞恥心が引いていく頃。

ナマエはクレティアの城下、人通りの多いメインストリートの隅、クレティアの魔法学の結晶であるという、不思議な動きをする建築物の前に座り込み、穏やかな笛の音を響かせていた。物珍しそうに道行く人々がナマエを振り返り、その音に耳を澄ませている。時折投げられるコインを在り難く受け取り、それを切っ掛けとして奏でる曲を変えているうちにナマエの周囲には人だかりが出来ていた。ハープに持ち替え、歌い始めれば聞いたこともない曲だと、クレティアの人々は湧き上がった。そして、この吟遊詩人は一体どこから来たのかとナマエへの興味を募らせる。街の見回りをしていたのであろう兵士までもが一人、二人と足を止め、耳にその音の組み合わせを通していく。連なるその音色はやがて、美しい色の移り変わりを経て、曲という一つの存在へと。


「ねえちゃん、すげーな!良い曲じゃねえか!」


音の終わりを経て、一拍置けば随分と長い時間ナマエの奏でる音に耳を傾けていた、荒くれがよく通る声でナマエを称賛した。その声に釣られるように次々と、良かった、もう一曲、どこから来たんだ、踊りたい、もう一度――…ナマエを囲む声が徐々に膨れ上がっていく。閉鎖的ではないが学術都市だというクレティアは、こういった娯楽にあまり縁が無いのだろう。新鮮なものに目を輝かせ、ナマエを取り囲みああだこうだと言い合う人々の表情は女王の『一波乱』『戦い』『混乱』という単語の気配を感じさせない。この国は平和に思えるけれどと首を傾げたナマエの目の前に、小さな頭がぴょこんと飛び出す。


「ねえねえ、お姉ちゃん!おれ、"あかきおんなせんし"の歌が聴きたい!」
「…"赤き女戦士"?」
「おお、そりゃいい!歌ってくれ、ねーちゃん!」


わっと声が沸き、熱がナマエを取り囲んだ。しかし赤き女戦士の存在を知らぬナマエは歌首を傾げることしか出来ない。「あら、もしかしてあなた、"赤き女戦士"――オルネーゼ様を知らない?」上品な衣服に身を包んだ、婦人がナマエを覗き込んだ。ええ、お恥ずかしながら、とナマエが頷いた瞬間だった。がちゃがちゃと鉄の擦れ合う音が響き、槍を携えた衛兵達が通りの向こう――…クレティアの玄関口へと駆けていく。その雰囲気が只事ではないものだったのを、その場にいた全員が肌で感じ取ったのだろう。瞳の奥に不安を揺らめかせた少年を見たナマエは、ぱっと両手を上げて存在を示す。


「では、本日はこれにて!またいつか、お会い致しましょう!」


ナマエのその宣言に合わせ、そそくさとコインが投げられた。笑顔でそれを受け取りながらナマエも、クレティア城へと戻る準備を始める。街の入り口では何やら、騒ぎが起きている気配があった。―――平和だと思ったけれど、やはりどこか、違和感は確かに存在する。


**


「あら、お帰り。早かったわね」
「うん。…なんだか、お城の中が騒がしくない?」
「この国に来て早々、牢屋に入れられた集団が居るみたいよ」


ベッドに寝転んでふああ、と眠そうな欠伸をしたマーニャがナマエの方へ手を伸ばした。「あー、なんだか早々に出番が来ちゃいそうねえ」「うーん、喜ばしいか喜ばしくないかで言ったら、喜ばしくないね」「まあでも、ご褒美が待ってるわけだし!」ご機嫌な語尾で弾む声を出したマーニャが伸ばした腕の力を抜き、だらりとベッドに投げ出した。静かな部屋、聞こえるのはマーニャとナマエの呼吸音だけ。


―――漠然と何かが起こる、そんな予感でナマエは微かに震えた。



20160701