03


「そういえばテリー持ってる、その可愛い鞄はテリーの?」
「俺の趣味じゃない」
「あら、ばっさりだねえ」


テレシアの問いかけを一刀両断したテリーは、オルネーゼの笑い声に鼻を鳴らした。鞄だけを残して気が付けば、ナマエは隣から消えていた。あのバトルレックスもナマエのことは知らないようだったから、おそらくこの森にはいないのであろうとテリーは見当をつけている。――…どこか、外からしか開けられない小部屋の中にでも、閉じ込められているのではないだろうか。さっさと行ってやらないと、あいつ死にそうだしな。…いや別に心配は、するのは当たり前だろ、…ああクソ、


「なんだテリー、難しい顔してるな!」
「ラゼル、あんたってデリカシーがないのね」
「なあなあマリベル、"でりかしー"ってなんだ?」
「…ガボは知らなくていいわよ、べつに」


呆れ顔のマリベルが荒っぽい仕草で、ガボの髪をわさわさと掻きまわす。そんな様子を横目にテリーはどうしても、ナマエが自分の隣に既に立っているのではないかという錯覚に囚われるのだ。あんな風に、ナマエが隣に立っていることが当たり前になりすぎていてナマエが隣にいないだけで、テリーは自覚するほどに不安を覚えている。「いやー、悪いな!テリーが!」「何がだよ…」何故か照れ顔で後ろ頭を掻く、ハッサンを小突くことは忘れない。


「実はこの世界に来たとき、はぐれちまった仲間が一人居てな」
「はぐれた?それは心配ね」
「おう、ここらで見たりしなかったか?ちぃーっとばかし不思議な目の色してて、そうだな…特別な雰囲気があるっつーか。かなり腕の良い吟遊詩人なんだが」
「吟遊詩人かあ。見てねえな、今んとこ」
「おい、褒め過ぎだ」
「なんだよテリー、本当のことだろ?照れるなよ」


ばしばしと背中を叩くハッサンの笑い声から顔を逸らしながら、テリーは並んで歩くラゼルとテレシアに意識を向けた。――誰かと、誰かの背中を彷彿とさせるあの二人に、ナマエは間違いなく惹かれるのだろう。そうしてまた、新しい音と詩で歌を創り出す。そうしてあいつは呼吸をし、この世界を美しいと称えるだろう。…一緒に来て別の場所に着くのは本当に頂けないが、合流出来る、という確信がテリーの中には確かにあった。それが早いか遅いかは、あの翼の影の匙加減といったところか。


「なあなあ、その吟遊詩人って強いのか?」
「強いってーのとまた違うな。あいつは補助系に長けてるんだよ」
「お二人の回復を助ける人間がいなかったのは、そういうわけですか」
「もしさっきの戦いで、あんたたちを適切な魔法で補助するやつがいたら…流石のアタシ達でも、結構厳しかったかもしれないね」
「馬鹿を言ってくれるな、オルネーゼ。たかが補助魔法、そんなことはないだろう」
「ツェザール、あんたなめてるわ。眠らされて無防備なところに幻惑、混乱…こっちが動けない間に味方の攻撃力と魔力を底上げ、動きを早くし身の守りを向上させる。補助魔法、甘く見てると痛い目に合うわよ」
「マリベル、随分と手厳しいわね」
「…まあ、身をもって経験してるわけだし」


肩を竦めた頭巾の少女――マリベルがテリーを振り返った。「でもね、補助をメインに動けるのは、補助させてくれる存在ありきなのよ。一人で戦うことに向いてないってのは当然分かってると思うけど――…厄介なことにならないといいわね」真面目な顔で、初対面の年下の少女にそんなことを言わせてしまったテリーは苦い顔を隠すことが出来ず、マリベルの視線から逃げるように目を逸らす。確かに、はぐれるべきではなかった。離れた瞬間に、こんなにも自分が弱くなるのであれば、尚更。


――…一行が魔族の森の出口に辿り着こうかという頃。


ナマエは音のひとつひとつを繋ぎ合わせ、マーニャはそれを美しく飾る。二人の創り出したクレティア女王のために存在するそのステージは、固い意志と争いへの緊張感に凍っていた女王の心を緩やかに溶かしていた。やがて音が途切れ、踊り子が静かに扇を閉じる。

何も言わずともまったく同じ瞬間に女王に頭を垂れた二人は、確かにその心を掴んでいた。


20160605