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「そちが不法侵入を果たしたという…………そのようには見えぬが」
「あー、女王様?この子本当にただの吟遊詩人だし、女王様を殺せるほどの気概は持ってないと思うわよ」
「じゃろうな。妾も多くの人間、魔物と接する身。数多の目を見てきた自信がある。踊り子よ、そなたの方が幾多の死線を潜り抜けて来た鋭い戦士の目をしておるわ」
「でしょ?この子は女王様なんか殺せないし、アタシと同じようにこことは別の場所からいきなり女王様の貸してくれたお部屋に飛んできちゃったってわけ!」
「うむ…このような者を遣わしたとするならば、ジャイワールもオレンカも妾の事を随分と侮っていることになる。…踊り子よ、そちの友人という言葉を信じよう」
「ありがと、女王様っ!ほらナマエ、アンタもお礼、お礼!」
「あ、ありがとうございます、陛下…」


跪き、頭を垂れたナマエに美しい銀色の髪を揺らした、クレティアの女王は小さく鼻を鳴らした。煌めく美しい銀髪がテリーのものとはまた違う質の美しい輝きを放っており、ナマエはその美しさを目に焼き付けたいと確かに思う。ここはクレティア女王の部屋、玉座のあるこの城で一番に美しい部屋だ。ナマエはマーニャに連れられ、クレティア女王と対面していた。無遠慮に眺められる肌の色、目の色、自分の…おそらく"人間とも魔物とも少しだけ違う"魔法の力を目の前の女王は見定めているようだった。部屋に満ちる魔法力と、女王自身から発せられる強力な魔法の香りをナマエは肌で感じ取っている。無尽蔵に思えるほどの強大なその力は、マーニャのものを上回るのではないだろうか。そんな人が私なんかの力に、興味を持つとはあまり思えないのだけれど。


「で、其方、名は?」
「…ナマエと申します。かつてはレイドックの城に仕える吟遊詩人でした。今は仲間と旅をしております。この世界に来た時、はぐれてしまいましたが」
「吟遊詩人、と」
「はい。笛一つ、ハープ一つ。楽器もひととおり扱えます。後は自分の声と、感覚と、音で」
「……ほう。ならば一曲、妾のために奏でてみよ」


挑発的な視線がナマエを射抜いた。「今、この場で」「…やれぬと?」一瞬だけ期待外れだとクレティア女王の美しい瞳が語った気がして、ナマエは思わず女王の前だということを忘れ立ち上がる。貴様失礼ではないか、と女王の側近のリザードマンがナマエを窘める声も、ナマエの耳には届かない。

ナマエは思わず立ち上がり、隣のマーニャを振り向いた。「…舞うわよ?」「…うん!」腰から既に扇を抜き去っていたマーニャは、嬉しそうに口元を緩ませてナマエに片目を閉じてみせる。ほう、と小さく息を漏らしたクレティア女王はこの余興に興味をそそられたのだ、確信したナマエは迷わず笛を手に取った。――マーニャの音は、私の中で確かに息をしている。再会してすぐにでも、ナマエはマーニャと音を合わせられる確信があった。おそらくマーニャもそうだったのだろう、迷わず扇を引き抜いたのは。


「光栄です、陛下。私と彼女で、陛下の目と耳を精一杯、楽しませてご覧にいれましょう」
「ふふ、ナマエの音で踊るのは――…いつ以来かしら」
「いつ以来でも、私マーニャとならいつだって合わせられる気がする」
「あら奇遇ね、アタシもよ」


にんまりと口元を緩めたマーニャが扇を構え、音を待つべく目を閉じる。クレティア女王の瞳には好奇心がちらついていた。ナマエの胸の奥で疼くのは溢れんばかりの期待と、マーニャのために音を奏でられる喜びだ。絶対に、絶対にこの一瞬を私は覚えているとナマエは思う。確かな記憶のあのお祭りのなかで、誰かの手を取ってくるくる回る、マーニャの舞う姿に合わせて私のなかから溢れ出した音の一粒一粒を、忘れられるはずがないのだ。

―――あの瞬間を終わらせたくない気持ちを、分かれへの恐怖を、再会の歓喜に乗せて。


吹き込んだ感情が音となり、女王の耳に届くと同時にマーニャの美しい髪が揺れる。


20160605