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私達、二人で旅を初めて…途中からハッサンが加わって、結構経つよね。
どうしたんだ、唐突に。何を当たり前のことを。
うん、当たり前。私とテリーが一緒にいるのは当たり前、なんだけど。


「ねえテリー」
「なんだ」
「…私達、どうして一緒に旅をするようになったんだっけ」


笛を指先で弄びながら問い掛けたナマエに、"当たり前に至るまでの出来事"を言おうとしたテリーはその"当たり前に至るまでの出来事"が自分の中に、まったく見当たらないことに驚いた。思い返せば確かに――…戦いの後、目的を果たし旅を終えたナマエが、仕えていたレイドック城を飛び出しレックの元を離れて、どうして俺のところに来たんだったか。腕を組み、確かに覚えているはずだというのに覚えていないその出来事を思い出そうとしたテリーは小さく唸り、ナマエの方を振り向き、吸い込まれそうなその瞳の奥を覗き込もうとして――……断念した。思い出せないはずはないし、確かに覚えているはずだ。だというのに何故か、その記憶は存在しない。


「やっぱり、テリーも覚えてないんだ」
「…確かに覚えているはずだ」
「うん、覚えてるんだけど、どうしても出てこない」


真面目な顔で首を捻るナマエは、どうしてこんな疑問が沸いたのかすら不思議に思っていた。そもそもテリーと旅をした期間はほんの少しだったはずだし、レイドック城に仕えるようになってからはほとんど会っていないはずだ。何をどうしてテリーと共に旅をする道を選ぶに至ったのか、ナマエはもちろん、テリーも思い出せていない。二人のあいだにお互いに向き合う恋情、愛情があるのは変わらないが、その情が生まれた瞬間、気持ちが向かい合った瞬間のことは忘れようにも忘れられないはずで、何十年も前に起きた事ではない。こんな風に記憶が抜けているのは何かおかしいと、ナマエはテリーと向かい合った。お互いの瞳を覗き込み、その奥に隠された記憶を探す。――煌めく光の粒の中に、誰かの――…仲間の声が聞こえる気がする。あれは、一体、……誰だっただろうか。


「おいおいおい、二人して難しい顔してんなあ。何かあったか?」
「…ハッサンはどうして、私とテリーが一緒に旅を始めたか知ってる?」
「そりゃナマエ、忘れるはずねえだろ。いきなり帰ってきて、――…お?」


なんでだったか、とハッサンが首を傾げたのがテリーにもナマエにも分かった。どうしても思い出せないそれを思い出したくて、ナマエは指先で弄んでいた笛を強く握り締めた。

忘れたくない言葉。
忘れたくない景色。
忘れることはないと、思っていた顔。
たった一つ、残されたのは自分で作り出した音のひとつだけ。


大切な記憶を、どこかに置き忘れてしまった感覚が確かに残っていた。ハッサンが大丈夫かお前ら、とナマエの顔、テリーの顔を順番に覗き込む。テリーの視線がナマエに何かを促し、それを受け止めたナマエはハープを手に取り、テリーを見つめ返す。瞳の奥にちらつくのはどこかの王国で開かれた、英雄達の凱旋を祝う祭り。色鮮やかな踊り子のドレスが舞い、テリーの瞳の奥にちらつくナマエは幸せでたまらないと言わんばかりに、踊り子のために音を奏でていた。夢ではない、あれは、確かに――…

――瞬間、頭上に大きな翼の影が落ちる。


「…ねえ、テリー」
「なんだ」
「前にもこんなことが、…あったかもしれない気がして」
「…奇遇だな。俺もそれを考えていた」


20160603