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それからのことを、テリーはあまりよく覚えていない。

分かっているのは各国の、多くの兵があのギガントドラゴンによりその命を失ったこと。自分達の力では、足止めすらも出来なかったこと。オレンカの国王が命を賭して、ギガントドラゴンを"王の命"と引き換えに足止めし、自分達に後のことを託したこと。

―――瀕死のナマエが、どこかに連れていかれたこと。

どうやってゼビオンに戻ってきたのかすら、テリーの中では朧げだった。そしてそれは、オレンカ王に使命を与えられ、気を張り直さねばならなくなったラゼルや、テレシア達も同じだった。特にテレシアは伸ばした手が空を切った感覚を覚えているようで、言葉や行動の中に戸惑いが消えない。ラゼルは自分の腕の中で息絶えたクレティア兵の言葉が耳元で繰り返され、後悔の念に苛まれているようだった。ツェザールとオルネーゼも同じく、自分の部下を、自分を助けようと駆け付けた兵をほぼ全て失ってしまった精神的なショックがかなり大きいようだった。立場上そのような姿を見せるわけにはいかず、普段通りに振る舞うものの、傷がすぐに癒えることはない。散った兵の家族の顔が、浮かんでは消えるだけになお。


「…分かるけど、滅入っちゃうわ、この雰囲気」
「それにナマエさんはどうして、突然…ううむ、分かりませんな」
「分かんねーことだらけでオイラ、頭がパンクしそうだ!」
「ガボ、あんたは無理しないの」
「でもナマエが死んだ気はしねえんだ。なあミネア、占ってくれよ」
「…それが、上手く占えなくて」
「そんなの、助け出しちゃえば分かることだわ。…今はとにかく、先に進むべきね」


言い切ったマリベルが酒場のテーブルを囲んだ、ミネア、マーニャ、ガボ、トルネコの顔を順繰りに眺めてはあ、と息を吐き出した。「…問題は、アタシ達以外よ」「ハッサンもテリーも、大丈夫そうに見えるけど全然、大丈夫じゃないって顔してるもんなあ…」ガボのぼやき声に、ミネアも静かに頷く。


「特にテリーさんは心ここにあらず、といったのが本当によく分かります。…霊峰レーゲンへ発つのはすぐ、とのことでしたし…だというのに心の中を整理する時間も、今はありません」
「アタシ達でさえまだ、王様のこと、戦争のこと…気持ちの整理なんてついてないのに」
「そこでどうするか、という話ですな」


髭を撫でたトルネコに、マーニャちゃんこういうの苦手なのよねえ、とテーブルに突っ伏したマーニャがぼやく。「……あー、もやもやするわ」「やだ、姉さんも調子が悪いの?」指先で髪をいじりながら、どこか遠くを見つめるマーニャに問いかけた、ミネアの言葉に頷いたマーニャは髪をつまんでいた指を離し、とんとん、と自らのこめかみをつつく。「…なんだか、ほんと、もやもやするのよ…ナマエが傍にいないと、――折角取り戻した思い出を、どんどん忘れていく気がするの」


**


「テリー、ここにいたのか」
「…ハッサン」


聞き慣れた声にテリーはゆっくりと振り向いた。どこか鋭い雰囲気のハッサンが、噴水の方から歩いてくるのが見える。伝承の塔に繋がる橋の上から見下ろす景色は、さぞかしナマエが好きだろうとテリーはずっと考えていた。――クレティアから戻った後は、ゆっくりゼビオンを見て回る暇など無かったのだ。ナマエは間違いなく、この橋からの景色を喜んだだろうにとテリーは思う。「…良い景色だ」やがてテリーの隣に並び、橋からの景色を見下ろしたハッサンは、おそらくテリーと同じことを考えている。


「なあテリー、単刀直入に聞くが」
「あいつは死んでない」
「お、」
「死なせない。何があっても、だ」
「お前を守るなんて豪語してる女が、そう簡単に死ぬか?」
「…そうだな。悪かった」


テリーの謝罪が響いてなお、二人の間のぴりりとした緊張が溶けることはない。暫くのあいだ、街の喧騒だけがテリーとハッサンの耳に響いていた。戦争、モンスタレア三国の動向、多くの兵の死、オレンカ王の死―――…現れたギガントドラゴンと引き換えに、魔物の扉へと飲み込まれた吟遊詩人がいることを、自分達以外の誰も知らない。


「……どうして、ナマエだったんだ?」


テリーの誰に聞くでもないその声が、掠れていることはハッサンしか知らない事実だ。


「死なせないんだろ」
「…ああ。助け出すさ、必ずな」


20160722