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様子がおかしいとはいえ、同じ陣営に立っているからか。恐ろしいほどに卓越した動きと、王に相応しいその力の連携はオルネーゼの言う通り『随分と厄介』なものだった。戦いは長引き、しかし全員の動きは鈍ることはない。やがてモーリアス王、フェルノーク王が倒れたその瞬間はガボの遠吠えでナマエもようやく息を吐き出した。地に伏せた魔物の王が守っていた結界が消え去り、目の前に道を示している。ここで戻る選択肢があるはずもなかった。勢いそのままラゼルを筆頭に、ナマエ達はダラルの本陣深くに切り込んでいく。

モーリアス王とフェルノーク王が倒れたことは既に、敵の本陣に知れ渡っているようだった。向かってくる敵兵の勢いは弱く、対してこちらの勢いは増すばかり。特にラゼルが一番、その影響下にあるようだった。剣のキレが、動きが、先ほどまでとはまるで違う。


「随分、調子が良いみたいだな」
「ああ。なんか、すっげーいい感じなんだ!」


ツェザールの声に弾んだ声が返ってくるのを聞いたナマエは、ラゼルのこの勢いがそのままパーティ全体の調子を上げていくと判断した。優先的に意識をラゼルに向け、補助呪文を重ね掛けしていく。ピオラ、スカラ、「…おい」「テリー、子供みたいなこと言わないでね」「……まあ、その判断は間違ってない、…だろうしな」どことなく拗ねた雰囲気のテリーも、後方から遅い来る攻撃魔法を剣で払い、ナマエの横でラゼルの様子に気を配っている。さて次はフバーハかマホカンタか、とラゼルの背中を見たナマエが一瞬、悩んだ時だった。ふとラゼルが振り返り、射抜く瞳でナマエを見つめる。


「ナマエ!もっと、たぎるヤツがいい!」
「っ、」


煌々と輝くその瞳の熱に、思わずナマエも息を呑む。――ラゼルのその瞳は攻撃に転じた時の、レックの瞳によく似ていた。「…お望みと、あらば!」声を奮い立たせたナマエは即座にバイキルトを唱え、ラゼルの瞳に視線で知らせる。にい、と歯を見せて笑ったラゼルにナマエも歯を見せて笑った。


「っしゃ、ガンガン行くぜ!」
「ガンガン、慎重にね!……あ、」


ナマエがラゼルの隣で剣を振るっていた、テレシアにもバイキルトを唱えようとした瞬間だった。なぜか走るのを止め、立ち止まったテレシアは目を細めて上空を見上げた。従妹の行動に勢いを失ったラゼルも何事かと立ち止まり、次いで各々が足を止める。――大きな魔力を伴った、何かがこちらに近付いていた。それを見つめたオルネーゼが、ダラル王、とその名を呼ぶ。

ぎらついたその瞳が、妙に印象的だった。ダラル王の手に握られた禍々しい剣が、――なぜか自分を見ている気がした。一瞬だけ、ナマエの頭の中が白に染まる。剣が自分を見るなど、有り得ないと思えど――…剣を通じて、あの禍々しい魔力に包まれた刃の向こう側から、誰かがこちらを見ている気がしたのだ。ぞくりぞくりぞくり、とナマエの背中を奇妙な感覚が這い回る。それは死の予感に似ていた。


「……て、りー」
「おい、…どうした?死にそうな顔してるぞ」
「う、ん。…しぬ、かも」
「…はあ?」
「………あの、剣が私を、みてる」


何言ってんだ、と小さく毒付いたテリーはそれでもナマエの手を取り、握った。その手を握り返しながらナマエは、唐突な死の予感に戸惑い、震える足をどうすればいいのか回らない頭で結論を出そうとする。ダラル王が、目の前に迫っていた。禍々しい剣がどんどん、――ナマエの方へと近づいてくる。どうして私なんだろう、とナマエの脳裏に過った瞬間、ダラル王がその剣を天へと掲げた。闇の力が迸り空を切り裂き、渓谷中を全て覆ってしまうほど巨大な魔物の扉が空へと顕現する。


まず、扉から出てきたのはツメだった。ナマエの身の丈よりも大きな、刃物のように鋭いそれの次は腕。ツメが魔物の扉の縁を掴み、狭いと言わんばかりに無理矢理広げ、足、体、――そして顔が、ナマエたちの目の前に姿を現した。「ちょ、ちょっと…!」マリベルの困惑の声がナマエにはどこか、遠い場所で響いている気がした。明らかに規格外のサイズのギガントドラゴンが、大きく、大きく息を吸い込む。――役目を果たした魔物の扉が、収束していく。

あまりの衝撃に、全員がギガントドラゴンから目を離せなかった。鼓膜を破りそうなほど大きな咆哮の声に、耐えきれず全員が両手で両耳を抑える。――…ナマエも、テリーも、繋いでいた手を離し、それぞれの耳を守ろうとした。「…あ、」手から消えた皮手袋の感触と、微かな温度が、ナマエの精神を支える命綱であったのは間違いない。大丈夫、と自分に言い聞かせたナマエはギガントドラゴンの上――…ダラル王の手にした剣へと意識を向けた。大丈夫、大丈夫。…テリーが、みんなが、隣にいてくれる。死なない、たぶん、



「  あ、 」



再度、ナマエの頭の中が白に染まった。ダラル王が、ダラル王の手にした剣が、ナマエのことを確かに"見て"いた。――収束し、小さくなっていたはずの魔物の扉が再びその口を大きく開き、獲物を飲み込むための力を欲し、震えた。ダラル王の持つ剣が一際強く輝き、魔物の扉に巡るスペルを書き換えていく。やがて一瞬、強く輝いた魔物の扉から――暗雲から雷が落ちるように、捕らえる光が確かにナマエを狙い、突き刺す。

ナマエの防衛本能はまず、一番近くにいたテリーを突き飛ばした。次の瞬間ナマエの体から、全ての体力と魔法力が根こそぎ奪い去られていく。――かろうじて、生きてる。朧げな意識の隅でナマエの視界に映ったのは、突き飛ばされたテリーがトルネコにぶつかり、二人がナマエを見て目を見開いている姿だった。こんな時に何を、と振り向いたツェザールがは、と息を吐き出したのも見えた。ばちばちと何かが爆ぜるような、歪な音がナマエを取り囲むようにして魔法を展開させている。


「っ、ナマエ!?」
「ちょっ、なに、何よ何なのよ!」


マーニャが珍しく狼狽えた声でナマエの名を呼び、前と後ろを交互に確認しながらマリベルが混乱の声を上げる。「な、っ」「ナマエ!」息を呑んだオルネーゼの横から躊躇わない、テレシアの手がナマエに指し出されて空を切った。「おいおいおい…!」「前からも、後ろも!なんだってんだ!?」ギガントドラゴンの目の前で、身動きの取れないハッサンとラゼルが吠えた。当のナマエは自らの体を、雷を帯びた闇の力が取り囲んでいるということしか分からない。――それ以外のことを、考える余裕がない。

テリーが剣を抜いたのが見えていた。ギガントドラゴンに目もくれず、自らの剣の雷の力でナマエを取り込もうとする、その力を消そうとテリーが剣を振り上げるのがナマエにはしっかりと見えていた。限界を迎えた意識はそこで途切れ、ナマエの世界を黒で塗り潰す。



闇の雷で出来た檻に閉じ込められたナマエの元へ、テリーの剣が届く一瞬前にその檻はナマエを閉じ込めたまま、ふわりと宙へ浮き上がった。ゆるり、ゆるりと上昇していくその檻の目的地を理解したテリーは、大声で、ナマエの名を叫ぶ。マリベルがメラミで檻を追撃し、ミネアがバギマで檻の進行を止めようとするも効果はほとんど、無いようだった。振り向いたラゼルとテレシアの二人分のライデインも、闇の力に跳ね返される。


―――手を離さなければ、せめて自分もあの中に。


テリーのそんな後悔はギガントドラゴンの咆哮に掻き消された。檻は魔物の扉に飲み込まれ、それを見届けたダラル王もやがて場をギガントドラゴンに任せ、どこかへと消えていく。仲間を一人、連れ去られたことに動揺する暇も与えられないまま、ラゼル達はギガントドラゴンと向かい合った。


20160722