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それぞれが目的としていた魔物の扉を閉じ、中央の戦線に合流した後、ラゼルとオルネーゼを筆頭にナマエ達は敵軍に切り込んでいく。渓谷の大きく開けた場所に現れた、無数の魔物の扉から溢れ出す敵の兵は勢いのままに戦線を押し上げ、戦況を読み有利だと判断した時点でここは我らに任せよ、とオレンカ王がツェザールに告げたようだった。一度はゼビオン王の元まで下がり、ゼビオン王の判断を仰ぎに向かったオルネーゼもすぐに前線に戻り、ナマエ達と合流した。少数用の陣形を組み、遊撃部隊は敵陣の奥深くに切り込む。

手薄になった敵兵の防衛ラインをオルネーゼの斧が薙ぎ、大きく生まれたその隙にラゼルが飛び込む。フォローをする形でテレシアがそれを追い、ラゼルと張り合うように振るわれたツェザールの大剣はには様々な属性の精霊の力が輝き、確実に敵兵の弱点を突く。


「四人とも、息ぴったり」
「ラゼルとテレシアはいとこ同士だっていうし、王子サマも幼馴染なんでしょ?」
「オルネーゼさんは単純に、私達に負けず劣らず戦いの経験が多いのでしょう。彼女は人の呼吸を読み、合わせることがとても上手い。一見豪快に見えますが繊細で、気遣いの多い人ですね。…姉さんも、見習ってくれないかしら」
「あらミネアったら、アタシに繊細さを求めるの?」
「…求めてもムダね。そこが姉さんらしいといえば、姉さんらしいけど」


困ったように眉を潜め、ほう、と息を吐き出したミネアの手のひらから放たれた竜巻系呪文がマーニャの背後に迫っていた、死霊の騎士を吹き飛ばす。「見えた!」前方のテレシアの声が、立てられた緑地に金色の紋章輝くダラルの旗を指し示す。きっとあそこに、と言葉を続けたテレシアの頭上から大きな影が舞い降りたのをテレシアの背後にいた、全員が認識する。即座に飛び出したツェザールが、テレシアを狙った頭上からの一撃を受け止める。


「――あいつは」


テリーの隣で拳を構えた、ハッサンがその空からの襲撃者に目を凝らしていた。「あれは…ジャミラス?」「ああ、お前達と出会う前に戦ったことがある。…知性の高い、魔物だ」しかしデカいな、と唸ったサイレス系のその上位に位置する魔物を睨む、ハッサンが警戒心を引き上げたのはテリーにも、その隣のナマエにもすぐに分かった。モーリアス王、とツェザールに呼ばれたそのジャミラスは美しい金の王冠を輝かせ、その背後から更に影がもう一つ。「上だ!」ラゼルの声に、狙われていたツェザールがモーリアス王のツメを弾き、咄嗟に炎を避けるべく飛び退く。降り立ったのはワイトキング系の亜種であろうか。フェルノーク王、とオルネーゼに呼ばれたその魔物は杖から同時にいくつもの、メラ系呪文を放ち、嗤う。強大な魔力をその身に宿した、死霊の王と並ぶのは空を制する魔物の王。殺す、ダラル王のため、殺す、と繰り返すその瞳は怪しくぎらついている。魔物の王を初めて見るナマエにも、その様子は違和感を抱かせる。


「…正気を、失っているみたい」
「とても説得できるような雰囲気には…見えませんね」


声を揺らすミネアの隣で、算盤を構えたトルネコが正面の王を見据えて、頷いた。「なら、思い切って吹っ飛ばすまでだな!」地面を焼くフェルノーク王のメラ系呪文を瞳に映し出し、燃やすラゼルの吠える声に全員が素早く武器を構える。ナマエも同じようにハープを構え、ホミロンと共に全員から一歩距離を取った。指先に込めた魔力が音を伝い、音の届く限りの範囲で呪文を展開する。――補助は最初から、継続的に、切らさない。

呪文の詠唱を始めたナマエの目の前で、フェルノーク王にラゼルとハッサン、ツェザールとマーニャが飛び込んだ。次いでテレシアがオルネーゼ、ガボ、テリーと共にモーリアス王に切り込んでいく。タロットを展開し、ナマエの呪文と戦況を読みながらミネアとマリベル、トルネコが中衛的立ち位置に位置取って動きはじめた。各々がそれぞれ、一番得意とする場所で戦う。ホミロンと共に戦場を一番よく見渡せる場所に立っているナマエは、指先に集めた呪文を音に乗せて、――弾く。鼓舞する剣の音色を、堅固なる盾の音色を、風と成る羽の音色を戦場に響かせる。


「…結構、自信のある音なのに」


ナマエは微かに歯を噛んだ。その目に静かな闘志が揺らいだ事実は、音色に一瞬だけ振り向いたテリーだけが知っていた。正気を失った二人の魔族の王には、ナマエの音色に耳を傾けるという概念すらない。それなりのプライドを持って吟遊で食べているナマエが、その事実に闘争心を煽られたのは確かだった。負けてられないな、と口元を緩めたテリーは自らを狙い襲い来る何発ものドルマを剣で払い、その陰に隠れた巨大なメラゾーマの炎球に盾を構える。即座に盾を覆ったマホカンタの光は、呪文を跳ね返した直後に割れた。術者の魔法力の差を感じながら、それでも、と誰かに繰り返す。跳ね返された自らのメラゾーマをもう一発のメラゾーマで相殺したフェルノーク王の懐に、飛び込んだテリーは確かに思う。攻撃呪文が使えずとも、頭を回してそれを補うナマエの強さの原点のこと。夢を目標と捉え、追い、叶えた果てに見つけた新たなる目標。


―――私だって、テリーを守りたいんだよ


「……守られてちゃ、世話ねえ、けどな!」


大きく振り翳したテリーの剣を、フェルノーク王の杖が受け止める。その瞬間、即座に飛んできたバイキルトがテリーの剣を輝かせた。全体を見渡した時、ナマエが誰を優先するかを知っている。タイミングの良さ、欲しい呪文を適確にそこに飛ばすナマエが自分ばかり見ていることを知っているテリーはやはり、口元を緩ませずにはいられない。


20160715