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モンスタレア連合軍の猛襲にひたすら、何かを考える暇なく動く。大渓谷の入り口に仕掛けられた魔物の扉の番人を全て倒し、フェルノークの将軍を倒したところでようやくモンスタレア軍の勢いが引き、敵の後退により戦線が上がる。岩石地帯にも多くの魔物の扉と、多くのモンスタレア兵が待機しているようだった。連合軍はダラルの王へと到達すべく、戦線を押し上げるための指示を待つ。

ゼビオン王の作戦は至って単純明快、シンプルで分かりやすい防衛戦指示だった。魔物の扉から次々と現れるモンスタレアの兵士達を倒しつつ、三方に分かれ、進軍する。一言で表せばこれだけシンプルな作戦だが、そう上手くいくはずもないのが戦争の恐ろしいところでもあるだろう。何より連合軍の要、この戦争がチェスだとするならキングであるゼビオン王を必ず守り抜かねばならないのだ。敵の軍がどう王の首を取りにくるのか、敵の手は今だ読めていない。
クレティア、ジャイワール、オレンカの軍とは別にナマエ達は遊撃部隊として動くこととなった。基本的にはオレンカ軍と共に中央の戦線を押し上げつつ、戦況を読み臨機応変に切り込み、動き、戦場を駆け回る。それこそキングを守る、最強の駒クイーンだ。
部隊といえど全員が全員、同じ行動をする必要はないと判断したオルネーゼにより、その場でパーティ分けが行われた。


「ラゼル、テレシア、そしてアタシと王子様はオレンカ軍と共に基本、中央の戦線を押し上げる。状況を見つつ動くが、基本は中央に留まるだろう。鼻のいいガボと、ガボのフォローが出来るマリベルは大将の首――つまり盟主様の首を狙ってくるであろう、敵の襲撃に備えてくれ。トルネコ、ミネア、マーニャは東。ジャイワール軍と東の戦線を上げながら、どこかにあるはずの魔物の扉を探して欲しい。ハッサン、テリー、ナマエは西、クレティア軍と共に同じく魔物の扉を探しながら戦線を上げる。片付いたら、中央に合流する。危機を感じたら空になんでもいい、呪文を放って知らせるんだ。…異論は?」


オルネーゼの言葉に異議を唱える者は居ない。迫るモンスタレア連合軍を前に、ガボとマリベルをゼビオン王の前に残し、全員がそれぞれの目指す場所へ向かって走り出す。「じゃ、女王様のことよろしくね」「うん、任せて」ナマエにウインクを決めたマーニャも、既に走り出しているミネアを追いかけていく。


「ほら行くぞ、二人とも!」
「分かってる」
「ハッサンもテリーも、前だけ見てて」
「いつも前しか見てねえよ!だろ?テリー!」
「ああ、背中は任せた」


前を走るハッサンとテリーの口元が緩んだのが、見なくても分かるようになったのはいつからだろう。「こんな戦いに巻き込まれちゃったけど、…この世界の歌も、作りたいね!」「…お前は本当にそればかりだな」「そこがいいんじゃねえか」ハッサンが笑い、テリーがナマエに聞こえぬよう微かな声で静かにそうだなと同意を唱える。その次の瞬間にはテリーは剣を抜き去り、デイン系の魔力を纏わせ頭上から飛び込んできたボーンナイトの不意の一撃を流すべく凪いでいた。弾き飛ばされた槍にボーンナイトの目が向いたときには死角から構えられた、ハッサンの蹴りがボーンナイトを馬ごと弾き飛ばす。

即座に立て直したボーンナイトに続き、二体、三体…――マミーや死霊の騎士を引き連れ、新たにボーンナイトとキラーパンサーが姿を現す。即座にバイキルトを唱えテリーとハッサンの武器が強い光を放ったのを確認したナマエは、崖道を少し下った先でクレティア女王率いるクレティア軍が巨大なドラゴンと対峙しているのを確認した。


「テリー、ハッサン!すぐに終わらせられる!?」
「おう、言われなくても!デカブツの方に行ってやらねえとな!」
「ナマエ、口より先に手を動かせ。いつも言ってるだ、ろ!」
「もう動いてるから褒めていいよ!」


飛び上がり、ボーンナイトに切りかかったテリーは既にスカラとピオリムの影響下だ。「おう、流石だぜ!」「ありがと、ハッサン!」大きく拳を振り上げたハッサンの眼前のボーンナイトの足元にクモノの張り巡らせ、大きく息を吸い込んだナマエは目の前の敵を全て視界に収め、ルカナンに捕らえる。外部からの魔法の影響で自分の体が変化したことに、敵が戸惑い一瞬足を止めた隙間を縫い、リホイミの光をテリーとハッサンに飛ばしたナマエは自分の眼前に迫る死霊の騎士とボーンナイトに、間髪入れずマヌーサを唱え幻惑の中に閉じ込めた。「…っ、」詠唱時間を短く即座に呪文を発動するせいで、呪文の精度は低いが威力が申し分ないところを見ると、それなりに成長したことを感じる。


――もう、ベホマズン一発で倒れるような私じゃない


心の中で叫び、自らを鼓舞したナマエは両手の指先に神経を集中させた。宙に漂い、ドラゴンを相手にしていたクレティア女王は、魔力を帯びた空気の流れにふと顔を上げた。少し離れた場所で目を閉じ、スペルを展開するナマエの周囲は空気がかすに揺れている。自分のものとはまったく性質の違う、攻撃呪文を展開することの出来ない"欠落した"そんな魔法力でも研ぎ澄ませばここまでのものになるのかと、女王は思わず口元を緩ませた。

…始めて目にしたときはなんと、中途半端で未完成な生き物だろうと思ったが。


「テリー、ハッサン!下がって!」


その声にナマエの視線を読んだ、二人がボーンナイトとキラーパンサーをはじめとする敵の小隊を固めるように剣を振り、誘導させた後に呪文の範囲外へと飛び出す。右にラリホー系の魔力を集中させ、左にマヌーサ系の幻惑の魔力を集中させたナマエは球体のように丸まったそれを、指の一本一本からメラゾーマの要領で敵の中に打ち込む。
弾け、混ざり合ったその呪文は強制的に眠りに落とした魔物達に決して覚めたくないと思えるほどの、素晴らしい夢を見せているだろう。ふう、と息を吐き出したナマエは戦えなくなった敵の遊撃部隊の倒れる地面に、念には念をとクモノをもう一段階張り巡らせた。「…随分と、甘いものだ」目を細めたクレティア女王はそれでも、しかしなかなかのものだ、とナマエの呪文の精度を、ナマエに聞こえぬところで称賛する。


「次だ」
「おう!」
「お任せあれ!」


テリーの声にハッサンが崖から飛ぶ。視線を交わし、ハッサンの後を追うようにテリーとナマエも地面を蹴り、崖から空へ身を投げた。「…おいで」囁くナマエの声に精霊達が呼応する。ドラゴンの炎から身を守るための守りの霧を周囲に広げたナマエは、クレティア女王の絶妙なコントロールに支配されたバギ系呪文のクッションを挟み、ゆるりと地面に着地した。まったく脱帽だと、上には上がいることを再認識しながらもナマエは再度、呪文を展開する。ドラゴンを倒し、魔物の扉を消し、中央の戦線に合流する。

――そうして、世界を一つにすれば、この世界が本来持つ美しさをようやく、目にすることができる。ナマエの信じるもの、望むものが揺らぐことはないのだ。


20160714