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各国の王に率いられた連合軍に合流したナマエ達は、王らと共に最前線で遠方から立ち上る土煙を見つめる。やがて土煙が魔物の影を浮かび上がらせ始めた。その数は徐々に増えてゆき、やがて人間国四国の連合軍に数で引けを取らぬ、魔物の大軍が姿を現す。

微かに背筋を震わせたナマエに、前とはわけが違うんだぞと小さくテリーが耳元で囁く。「…それこそ、置いてくるべきだったな」「またそんなこと言う」確かに"こういった"戦いは経験がないし苦手だけれどとナマエは誤魔化すように目を泳がせた。血が苦手だとか、人が死ぬのを見るのが嫌だとか、それは誰だってそうだろう。それに慣れてしまったとき、それを望むようになってしまった時、人は人でなくなってしまうのだろうとナマエは考える。強くなることと、人が傷付き倒れる姿を見ることに慣れるというのは違うこと。


「……誰だろうね、こんな大きな戦いのきっかけを作ろうと、小さな火種を撒き散らしたのは」
「今はそいつの手のひらの上で、こうして踊ってやることしか出来ないわけだが」


オルネーゼが目を伏せ、ツェザールが敵を見据え、揃って二人は苦々しいと言わんばかりに歯を食い縛る。二人はダラルの王のことを、モーリアス三国のことを知っているからこそ今のこの状況が未だに上手く呑み込めていないのではないかとナマエは思う。少し離れた場所で並ぶミネアとマーニャも険しい顔を崩さず、どこか不安そうなマリベルの横でガボがその一歩前に立ち、地面を睨む。不安そうに漂うホミロンを、トルネコが優しく撫でてやっていた。ラゼルとハッサンは誰よりも前に立ち、敵から目を逸らさない。


「…ねえ、ナマエ」
「テレシア?」


ラゼルの一歩後ろで、同じように敵の軍勢を見据えていたはずのテレシアがいつの間にか、ナマエの目の前にやってきていた。「…あのね。臆病者だって笑われても構わないんだけど…やっぱり、怖くなってきちゃって」情けないわよね、と微かに声を震わせるテレシアはやがて、ふう、と大きく息を吐き出す。「不思議ね。ナマエも私と同じように、どこかで怯えているように見えるのに――…ナマエはこの戦いの先に、何があるのか知っている。そんな気がするの」大きなローズクォーツの瞳が、ナマエの中にあるのだろうと、答えを求めてナマエの瞳の奥を、視線と共に彷徨っている。


「この戦いの先に何があるのか、それは時間にしかわからないよ」
「それは、そうだけど。でも、何のために戦うのか、とか」
「ここに私達がいなければ、向こうが私達のいる向こう側を――戦えない人たちがいる場所を、壊していくだけなんだもの。守りたいなら、戦うしかない」
「例え、何かがきっかけでおかしくなっていたとしても?」
「それでも"選ばないと"いけないんだよ。全部救うことが出来るのは、ほんの一握りの特別な人だけ。例えば勇者と呼ばれる存在でも、その特別になることは難しい」
「じゃあ、誰がその特別な人になれるのかしら」
「ほんのひとにぎりの神様、かなあ」


困ったように笑ったナマエは、少しだけ不満気なテレシアの頭上に手を伸ばす。「私だって、この戦いの意味とか、この先に何があるのかなんて分からないんだもの。こうしてここに立ってることが不思議だし、何より私こういう、大きな争いって苦手だし…誰にも傷付いて欲しくない、ずっと笑顔でいてほしい、綺麗なものに囲まれて生きていたいって思ってるもの。でもそれだけじゃ世界は回らないし、争いは万物に心が存在する限り絶対にこの世からは消えないから――…そういう考えがあるから、この先に何があるか、知ってるように見えたのかもね」桃色の髪をそっと撫でたナマエは、怖いけど、と言葉を紡ぐ。ゼビオン王が前に出て、モンスタレア連合軍に呼びかけんとするのが視界の隅に映る。


「テレシア、自分の故郷は好き?」
「ええ、勿論。…もちろん、決まってるわ」
「守りたいものが明確である限り、人は限りなく強くなれる。…迷ったら、守りたいものをはっきりと浮かべて、どうしてそれを守りたいのか自分で噛み砕くの」
「…おい。聞いてる方が恥ずかしくなってくるからやめろ」


危機感無さすぎだろ、と呆れたテリーの声にナマエはごめんごめん、と笑って返す。「…ナマエは、何を守りたいからここにいるの?」「この隣の最強の剣士さんかな」テレシアの問いかけに対するナマエの答に、テリーは声を詰まらせる。


「テリーがナマエを守ってるんじゃないの?」
「テリーは多分そうだと思うけど、私も私なりにテリーを守っているのです」
「…黙って守られてるだけの女だったら、俺はもっと気楽に生きてる」
「…テリーのこの反応は素直じゃない反応?」
「テレシア、分かってきたね!」
「っ、うるさい!ああ、調子が狂う…!」


テリーの頬に赤味が差しているのを見たナマエの心臓が、戦いの前だというにも関わらず、とくとくと心地良く跳ねていることをテリーは知らない。募る好きの中にいくつ、テリーに伝えていないものがあっただろうか。これから先、ひとつひとつそれを手渡していくために今ここでナマエは生き残らねばならない。「ね、テレシア」「…うん、ありがとう」明確な目的がはっきりしているナマエの瞳は揺らがないのだ。空気に交じる魔法の力がやがて、開戦の声を大きく上げる。


「さあ行こう。世界を分かつのではなく、――世界を再び、一つにするために戦うのだ」


穏やかさの中には強く、確かな決意が込められている。オレンカの王の言葉に全員が、そそれぞれの武器に手を掛けた。


20160714