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モンスタレア地方へ向かうことになった一行は門を潜り、ラオ荒野へ出る。オルネーゼの話によればラオ荒野を北上したところに長い長い城壁があり、その城壁の向こうにモーリアス、ダラル、フェルノークの領土があるのだという。三国のうちダラルを目指すことが早急に決まり、一行はひたすらにゼビオンから北を目指す。

聞いた通り、確かにラオ荒野は人間が住むには厳しい土地だとナマエは思う。マグマの川、熱に揺れる空気、枯れた草木が微かに風に揺れている。こんな痩せた土地では、人間が生きていくために必要なものが揃わない。


「でも、旅をするならたまにはこんなところも悪くないね」
「お前は本当にそればかりだな」
「だってロマンがあるし、ここでしか生まれない音がたくさんあるんだよ」
「…耳にタコが出来そうだ」
「このやり取り、そんなに嫌いじゃないくせに」
「……もう黙ってろ」


仲が良いわねえ、と小さくひやかしたマーニャの声を聞いたテリーはナマエの首根を掴み上げた。「う、うわ、何するの」「………知るか」不機嫌ですと言わんばかりのテリーのその小さな知るか、の中に照れが見え隠れするものだから、へらへらと緩んだナマエの口元が引き締まることはない。そんな二人を見ていたマーニャは、この光景を特定の多くの誰かに――…知り合いであればおてんばな王女と、その付き添いの神官に見せてやりたいという欲求に駆られた。…あと、この頭の中でちらついてるのは誰かしら。……どうしてはっきり覚えてないのよ。問いかけに応える者はなし、そんなマーニャの横顔を覗き込んだミネアがマーニャにその表情の理由を問い掛けようとした時だった。「みんな!」後方からオルネーゼが、道を先導していたツェザールやラゼル達にまで届く大きな声で一行の足を止めた。テリーがナマエの首根を掴んでいた手を離し、ナマエもクレティアで感じた不安が風となり心の内を吹き抜ける感覚を覚える。


「…ねえ、テリー」
「……良い知らせでなさそうなのは、確かだ」


**


ダラルがフェルノークとモーリアスを従え、大渓谷からゼビオンへ進行中という知らせはゼビオン始め人間の住む土地の多くに衝撃を与えたようだった。ゼビオン王により収集されたオレンカ、クレティアの軍が既に大渓谷へ向かっている。

ゼビオン王の命により、一行は一度ゼビオンへ戻った後、早急に大渓谷へ向かうことを決めた。ルーラストーンで伝令の兵士と共にゼビオンに戻った一行は、既に軍を率いて大渓谷へ向かったゼビオン王を追う形で準備もそこそこ、アマル渓谷への門を潜る。ツェザールの伝令により、ジャイワール軍も大渓谷へ向かっているとの知らせを既に受けている。


「…随分、物騒な展開になってきたなあ。おいナマエ、大丈夫か?」
「ハッサンが思ってるほど、私は弱くありません」
「でも実際、ナマエってどう相手を攻撃するんだ?」
「ラゼルの言う通りだ。相手の動きを封じるだけじゃ、生き残れない」


大渓谷への道を進みながら、ハッサンと話すナマエの顔をラゼルが覗き込む。即座にツェザールがラゼルを引っ張り、それを制す。「あー、私、攻撃呪文ね、使えないの」「僧侶でも、ザキは使えるのに?」「まあ、人には得手不得手があるんだよ。代わりに傷付けず相手を無力化したり、あとは戦う人の補助したり、回復したり」困ったように笑うナマエに、ラゼルは何かを考え込むような表情になり動きを止める。「どうしたの、ラゼル」「……や、ちょっと考える」ナマエを見つめ、そんなことを言い出すラゼルに釣られて思わずナマエも動きを止めた。そんなラゼルを横目に見ながら、ツェザールはナマエではなくテリーの方へ意識を向け、目を向ける。その視線の意図を読んだのか、気まずそうなテリーがツェザールから即座に目を逸らす。


「…甘やかしてるわけじゃない。俺もハッサンも、ナマエと補い合ってるんだ」
「旅をするなら、戦うなら、嫌でも武器を手に取る時があるだろう」
「それをさせないために、…ナマエの理想とする世界のために俺がいる」
「随分とべた惚れだな」
「……返す言葉も出ない」


小さく呟いたテリーにツェザールが言葉を続けようとしたその時、分かった、とラゼルが声を上げた。「分かったんだよ、なんとなくだけど!」「おいどうしたラゼル」何が分かったんだ、とテリーに向けていた意識を幼馴染の方へ向けたツェザールに、分かったんだよ、とラゼルは繰り返す。


「初めて見た時から俺さ、ナマエってなんか不思議だなーって思ってたんだ。テレシアもそうだろ?」
「ええ、でもどうしてそれを今…?」
「なんとなく今言いたくなったんだよ!とにかく、そのさ。俺はナマエがどうしてそんな目してるのかなとか、どんな旅をすれば、どんな経験をすればそんな目の色になるのかとか、すっげえ知りたいって思ったんだ。なんとなく、ほんとになんとなくで、まだ会ってから何日も経ってないのに…自分でも不思議なんだけどさ」
「随分長いわねえ。要約しなさい、まとめて、簡潔に。はいどうぞ」
「ナマエのことがすっげー気になる!」
「ちょっ、ラゼル!?」
「落ち着きなさいよテレシア。ラゼルは多分、すっごく純粋にそう思ったんじゃない?」
「マリベル、テリーが固まってるぞ。珍しいなあ」
「そっとしておいてあげましょう、ガボくん」


ナマエの耳を、様々な声が通り抜けていく。呆然と立ち尽くしたナマエは、ラゼルの太陽に煌めく瞳に吸い込まれそうな感覚を覚えた。予想外の展開に硬直したテリーは、事の次第に付いていけなくなりつつある。「……は?」「頼む落ち着けテリー」心なしか、テリーの隣に腕を組んで立っているツェザールの方がラゼルの言葉に動揺しているように感じるのは気のせいか。「やるねえ、ラゼル。奪い取ってやるってか?」「いやオルネーゼ、あれは多分そうじゃないんだが…いや…」ぶつぶつと一人、何事か言い出すツェザールは、助けを求めちらちらと自分を伺うテレシアの視線に気が付かない。


「…ラゼル」
「なんだ!?」
「わ、」


――わ?



「わかる!ラゼル、それすごく分かるよ!私も、すっごい気になってた!ラゼルのこと、テレシアのこと!」
「ほんとか!?」
「な、」
「…落ち着けツェザール、間違いない。あれはナマエの持病だ…!」
「おうテリーお前が落ち着け。すげえ顔だぞ」


テリーを宥めようとするハッサンの声は、本人にもその隣で呆然とするジャイワールの王子にも届かない。状況についていけない周囲を置き去りに、どちらともなく手を差し出したナマエとラゼルは握手を交わし、緊急時にも関わらずはしゃぎあう。「私もね、ラゼルやテレシアみたいな…ラゼルとテレシアだからかな。気になって、気になってしょうがなかったの。二人がどんな旅をするのか、どんな世界をこれから目に焼き付けるのか、どんな風に戦うのか、どんな運命を背負っているのか…知りたいし、見届けたい!」「おう!改めて、よろしくな!」「こちらこそ!」笑い合い、握り合った手を離す気配を見せない二人にテリーはライバルとして認めた男の顔を思い出した。レックに似ているとナマエに評されたその男――アクトのことを思い出し、アクトを見た時のナマエのことを思い出した。そしてレックやアクトに、ナマエがどんな感情を抱いていたか思い出した。ナマエの心は確かに自分の手元にあると確信し、そこは安心しているテリーと言えど、それはそれ、これはこれ。ナマエの持病に振り回された過去は告げている。この世界でも間違いなく、安心も油断もなにも出来ない。ナマエは自分に新しい世界を見せてくれる存在に、どうしようもなく本能で惹かれるのだ。その隣に在ってほしいと望まれているのが自分といえど、それを知っていてなお、心揺らがずにいられるほどテリーは大人ではない。


「…苦労するわねえ」
「分かるか」
「アタシと似てるわ、テリーって。好奇心の強すぎるタイプに振り回されるの」
「………本当に、違いないな」
「おっ、マリベルの嬢ちゃんは優しいな。テリーを慰めてくれるのか?」
「違うわよ、そんなんじゃなくて、…ああもう!とにかく同情してるの!」


20160713