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「…でも不思議だよね、その黒いローブの予言者の話は」
「テレシアはその予言者がクレティア女王に告げた予言は"予定"だったのではないかと言ったが……"予告"であった、とも取れるね」
「オルネーゼ、怖い顔してるよ」
「ああ、ごめんよ。…そういえばナマエも、この世界に来たばかりだってことは…古の予言や千年前の大戦争については余り詳しくないのかい?」
「是非オルネーゼが知る限り、それ全部教えて欲しい!古くから伝わるもの、伝承、私そういうの大好きなの!」
「だと思ったよ。吟遊詩人ってのは、そういう生き物だしね」


大渓谷へ続く門の前で壁にもたれ、ナマエに微笑んだオルネーゼは皆が来るのを待つには丁度良いね、と口元を緩ませてナマエを見つめる。「この世界には、古い言い伝えがあるんだ。"竜が太陽を喰らう日、双子が生まれ、再び大地は戦乱に覆われる。多くの血が流れた後、双子の王が新たに君臨する"――…って、ね」一言一句、迷わず紡ぐオルネーゼの瞳の奥で、鈍色の炎が微かにちらつく。どことなく鉄の臭いが漂っている気がして、ナマエは静かに拳を握り締めた。

人は争いをやめられない生き物だ。ナマエ達の世界にもムドーやデスタムーアといった脅威が存在しなければ、もしかすると人間同士で争っていたのかもしれない。魔王の存在はある意味で、人間同士の争いを制御するのであろうと思う。強大な存在を目の前に、誰が些細なことで争おうと思うのだろうか。手を取り合う他に生き残る術がないのだから、共通の敵に向かい人はその手と手を取り合う。

この世界を混乱に陥れようとする"何か"は、その姿を見せていない。要人の命を奪い、愛情を火種に変え、怒りの矛先を争いへと向けさせる。随分たちの悪い存在だなあとナマエが息を吐き出したところで、オルネーゼがふとナマエの肩に手を触れた。


「…考え事かい?」
「うん。色んなことを考えさせられる予言だね、それ」
「実際に、この世界では千年前に大きな戦争が起きているんだ。事実、多くの血が流れた。後に先人たちはこの予言を残している。今を生きるアタシ達はこの予言を戒めとして、争いのない平和な世界で魔物も人間も手を取り合って生きてきたんだ」


その最中でこんなことが起きてる、とオルネーゼは眉間に皺を寄せる。「…アタシが知らないだけで、こういった異世界からの客人が迷い込むのは珍しくないことなのかもしれない。それでもこの世界に迫っている危機と、武器を振るう頻度が増えている今、どっかの神様がこの世界の危機を知って皆を――…ナマエ達を遣わしてくれたんじゃないか、なーんて思っちゃうのさ」――ふ、と表情を緩めたオルネーゼが心強いよ、とナマエの頭の上でぽんぽんと手のひらを跳ねさせる。どきりと心臓を跳ねさせたナマエの脳裏を勇者レックの姿が過る。――レックもよく、こうして私を安心させるみたいに褒めてた。


「…ナマエ?どうしたんだ、ぼーっとして。照れたのかい?」
「や、照れたっていうか、……うん、照れた」
「素直でいいじゃないか。素直ついでに、もっと話が聞きたいかい?」
「聞きたい」
「戦争の話なんて、何が面白いのかねえ」
「刺激になるんだよ、全部。この世界にしかない、この世界の歴史だもの」
「まあ、千年も昔の話だしね」


門の前で並んだオルネーゼとナマエは、少し離れた場所で子供達に囲まれてはしゃがれているガボとマリベルの姿を眺めながら、植え込みのレンガに腰を下ろした。「いにしえの大戦争の発端は、千年前――今のように分割されていなかったこの世界を、統治していた双子の王だと言われているんだ」オルネーゼの声を聞きながら二人は、そっくりな顔立ちの少年と少女が、ガボの回りをはしゃぎながら飛び回っているのを見つめる。


「兄"ザラーム"と、弟"ナジム"。この二人により、世界は長く平和だったらしい」
「…ザラームと、ナジム」
「ああ。事は兄ザラームが、闇の力に魅せられたところから始まる。ザラームは、世界を自分一人のものにしちまおうとしたのさ。愚かなことにザラームは、世界の調和を保つ光聖杯――…今は盟主様が持っておられるそれに呪いを掛け、闇の力を生み出す恐ろしいものへと変えてしまった。光の聖杯は人々の心を穏やかに保っていたんだが、それが闇の力を生み出すようになったことで、人々の心に疑いや憎しみが生まれ心を満たしてゆき―――…世界中に争いの火種が撒かれ、それらが一つになって大火事になったってことだ」


目を細め、感情を悟らせないように語るオルネーゼがふと表情を厳しい物に変え、右腕を抑えたのを見たナマエは、オルネーゼにこれ以上話をさせてもいいのかと一瞬だけ迷う。それでもナマエの中の好奇心は、話の続きを知りたがった。「…それで、その大戦争はどうやって終わったの?」「ああ。双子の弟、ナジムが命掛けで魔の王と成ったザラームを封じて終わった。後に七人の賢者が、この世界を七つの国に分かったと言われている」こんなところさ、と話を切り上げたオルネーゼは本当に自然な動きで、右腕を抑えていた左手を離した。厳しい表情はその気配もなくなり、そこには快活な雰囲気のオルネーゼがいるばかり。ほんの仕草の一つだったかとナマエが考えをシンプルな結論に結び付けると共に、マリベルとガボが二人の目の前に歩いてくる。


「あーもうまったく!見てるんなら助けなさいよね!」
「マリベル!オイラ、楽しかったぞ!」
「アタシは楽しくなかったわよっ!」
「とか言いながら、マリベルは結構世話焼きだから邪険にはしないんだよね」
「お、ナマエも分かってきたかい?」
「やるなあナマエ、オイラ感心だぞ!」
「あーもう!うるさい!うるさーいっ!」


20160713