09


「……ここが、ゼビオン」


行き交う人々で賑わう、そこは世界の中心にある盟主様の住まう国だという。高くそびえ立つ塔は、クレティアからも見えていた。伝承の塔というらしきその塔から目を離せなくなったナマエは塔に入るのはいつかと、心を浮き足立たせている。


「ナマエってば、すっごく目をきらきらさせてるわ」
「うんうん、分かるぜナマエ。つーか、結構ガキだな」
「あら、ナマエはあなたよりも大人だと思うけれど」
「うるせえ委員長」
「っだから、委員長はやめなさいってば!」


恥ずかしそうにナマエの隣で憤慨したテレシアと、舌を出し悪戯っぽく笑ったラゼルがナマエの隣を歩きながら街の各施設を案内する。「あ、ナマエこっち。そこが酒場と宿屋ね」「ナマエ、そっちに教会、あと…買い物関連は向こうだな」二人に挟まれ両腕を引かれ、どことなく妹と弟が出来た気分を味わいながらナマエは言われるまま、街を見て回る。「ねえラゼル、カジノは?」「姉さんったら…そんなもの、ありません」「あらつまらない」ナマエ達の後ろを歩く姉妹も相まって、五人は注目を集めていた。既にクレティア女王はゼビオンに到着し、一行は審議が始まるのを待っている。


「そういえば、テリーは良かったのか?」
「へ、テリー?」
「随分お前のこと心配してたけど」


ラゼルの言葉にナマエは、一緒に街を見て回らないかと誘った時に首を振ったテリーの顔を思い出した。「…うーん、いつもみたいに、剣の手入れじゃないかなあ」多少なりとも、誤魔化そうという意思がちらついたかもしれない。それでもラゼルは真面目なんだな、と話を切り上げ珍しそうな品の並ぶ古物商を指差しテレシアと共にナマエの手を引く。慌ててそれについていったナマエが古物商と顔を合わせ、ラゼルとテレシア共に物珍しい品々に一瞬で目を奪われた姿を後ろから見ていた、ミネアがマーニャの腕を掴んだ。


「…姉さん、彼女は私達の世界の人ではないわ。一体どこで、知り合ったの?」
「まあ、ちょっと色々あったのよ。……上手く思い出せないのが、どうしてだか分からないんだけど」
「上手く思い出せない、って」
「ココはね。体はちゃんと覚えてる」


人差し指で頭を指し、伝承の塔を見上げたマーニャは塔ではなく、どこか遠くの空を見ていた。「…上手く思い出せないけれど、確かにね。前にも一度、元の場所でも、ここでもない――…別の世界で、あの子と出会った。一緒に戦って、笑って、あの子の音で踊ったのよ」


**


「なあテリー、どうした?調子が悪そうだが」
「調子が悪いんじゃない。…考え事があるだけさ」


ねえテリー、覚えていない?マーニャのこと。…どこか、ここじゃない、私達の世界でもない。別の世界での出来事だけど、…おかしいって思うかもしれないけれど、私にとってもテリーにとっても、すごく大事だったあの世界のこと。…どこの世界、って言えないし分からないけど…ねえ、覚えてないかなあ。私、思い出したい。すごく。

ゼビオンへの道中、隣を歩くナマエが囁くようにそう言った後、脳内に何か、ナマエとの大切な記憶の大半を残してきた、世界の光景がちらついた気がした。仲間が居た。好敵手と呼べる相手がいた。――…ナマエの笛の音で舞う踊り子を、少し離れた場所で見ていた。確かにその記憶は存在するものの、その記憶が確かであるかどうかは、テリーに証明することは出来ない。…ナマエと共に、見ていた夢かもしれない。

記憶にちらつく踊り子――…マーニャは、自分のことを知っていたようだとテリーは感じていた。それがナマエによる影響なのか、どうなのかは分からない。ただ曖昧な記憶を抱えたまま、妙な距離感を得ることを嫌ったテリーは同行を拒んだ。隣のハッサンはガボと鬼教官ごっこで遊ぶホイミンを、マリベルと共に並んで見守っている。ああもうガボったらまた転びそう、と小さく呟いたマリベルの声に顔を上げたテリーの目の前では、ガボがホミロンを巻き込んで盛大に転んでいた。一瞬だけ考え事を忘れたテリーは、足元に落ちて来たホミロンの帽子を拾い上げた。


「テリー、それぼくのだよ!」
「知ってる。ほら、次は転ぶなよ」
「わーい、ありがとう!…じゃなかった。感謝する!」

「…頑張るわねえ」
「似合ってんだ、いいじゃねえか」
「どうでもいいけど、ホミロンもそれに付き合うガボも、無茶しないで欲しいわ。後で面倒を見るのはアタシなのよ?」
「嬢ちゃんは面倒見がいいなあ」
「……まあね。あいつらも、アタシがいなきゃ本当、どうなってたか」
「あいつら?」
「…なんでもない!」


20160709