08


――タロットが飛び、相殺するように扇が飛ぶ。

どちらも譲らぬ、永遠に続くかと思われた姉妹の戦いはマーニャのやーめたっと、という気の抜けた声で終わりを迎えた。ミネアと呼んだ彼女の妹に、勝ちを譲ると言ったマーニャは嬉しそうに扇を仕舞い、妹の隣へと寄り添うように立つ。ナマエもそれにならいハープを背に戻し、女王に頭を下げテリーの隣に立つ。全員をまとめて相手にしようと女王がその杖に巨大な炎球を宿したところで、部屋に現れ凛とした声を通らせた、その戦士の姿を見たナマエが目を大きく見開き輝かせたのをテリーは見た。「おう、こりゃ悪い癖が出そうだが…」男じゃなくて良かったな、とテリーをつつくハッサンの声を、テリーは聞かなかったことにする。

燃える炎のような美しく長い髪を持ち、オノを携えたビキニアーマーの女性が"赤き女戦士"であることをナマエは一瞬にして感じ取った。オルネーゼと名乗ったその女性の瞳の奥にあるのは忠誠に煌めく黄昏の金。宗主国、盟主、ゼビオンという単語にこの世界への探求心を募らせたナマエはふと、クレティア女王に言い募るツェザールと呼ばれた、大剣の青年の隣に立っていた二人に意識を向けた。癖のある紫色髪の少年と、桃色髪を束ねた少女はどこかの、誰かに少しだけ似ている気がした。


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クレティアとジャイワール、オレンカ…世界を乱そうとしている者がいるのは間違いなく、確かなようだった。思った以上にこじれていて、穏やかでない話にナマエははあ、と息を吐き出す。「あらナマエ、うかない顔ね」「そりゃ浮かれられないよ…」ゼビオンへ向かう道中、ナマエの腕を絡め取ったマーニャはナマエとは対照的に、随分とご機嫌だ。


「申しわけありません、ナマエさん。姉さんが…」
「あ、ああそれは全然…そもそもマーニャ、女王様にも言われてたじゃない。折角再会出来たんだから、しっかり傍についてろって」
「逆です」
「あら、そんなことないわよ」
「ところでナマエさんはもしかして、私達の世界から来たのでしょうか。姉さんと以前から面識があるようですが…」
「ああ、色々あったのよ。今度ゆっくり話してあげるわ」


私もまだ思い出せていないことが多いし、とどこか遠くを見て呟いたマーニャにうん、とナマエも頷く。――テリーは、マーニャを見ても不思議そうにその瞳を細めるだけで何も言わなかった。夢ではないことは確かなのに、大切なことをこんなにもたくさん忘れてしまっている感覚が恐ろしい。…ひとまずそれを置いておくことしか、出来ないのは間違いないことだけれど。


「ともあれ、改めまして。ナマエです。テリー、ハッサンと同じ世界から来ました。普段は三人で旅をしていて、…前に出て戦うよりは後ろで支援してるかな」
「随分と容赦ない支援だったな」
「ツェザール王子だっけ。お褒めの言葉、ありがとうございます」
「……………」
「あーナマエ、ツェザールでいいと思うぞ」
「うんうん、ラゼルの言う通りよ」
「オルネーゼさんは王子様って呼んでるのに?」
「ツェザール、めちゃめちゃ微妙な顔してるぞ」
「ガボ、言わないの。自分に何もさせないで動きを封じたのが女の子で、そのくせ自分を王子って呼ぶんだから複雑なのよ」
「お嬢ちゃんは容赦ねえなあ」


がっはっはと豪快に笑ったハッサンの隣で、癖っ毛の少年――ラゼルが吹き出した。「あっはっは!まあ、とにかく!俺はラゼル、よろしくな」「テレシアよ。私達、いとこ同士なの」二つの手のひらが差し出され、ナマエは咄嗟に両手で握手に応じる。ラゼルとテレシアと視線が交じり合ったとき、ナマエの心のが微かにざわめいた。二人を見ていると、誰かの影を思い出す。本能でこの二人を見ていたいと感じたナマエは、この感情を誰に抱いたかすぐに思い出していた。――レックと、あと、もう二人。ラゼルとテレシアもそんなナマエの視線から目を逸らすことなくむしろ真っ直ぐに視線を返し、三人はしばし見つめ合う。

「なー、本当に不思議な色の目ェしてんなー」「…ほんとねえ」そんな三人を、――というよりはナマエを横から覗き込むのは狼を伴った少年と頭巾の少女だ。ガボだぞ!マリベルよ、とそれぞれ名乗った二人に目を向け、ようやくナマエははっと我に返った。「ぼーっとしてたな」「してたわね、失礼しちゃうわ」「そんなことないよ!ちゃんと聞いてたもの」目を泳がせガボとマリベルに言い訳するナマエの姿に、小さく笑う声が聞こえた。振り返るとミネアがナマエを見つめ、微笑んでいる。「改めまして、ミネアです。…姉が随分とお世話になったようで」「とんでもない。マーニャのおかげで、ここに来たときは命を拾ったんだもの」マーニャと同じ髪を持った、ミネアの隣で恰幅のいい旅商人が、トルネコですと優しく微笑む。次いで気まずそうな、背の高い乾いた砂の色の髪を揺らした王子がナマエに向かい合い、すぐに目を逸らし口を開く。


「…ツェザールでいい。次は負けん」
「王子様、かっこいいとこ無かったんだって?」
「うるさい」
「いやー、やるねえ。ナマエだっけ?あたしはオルネーゼ。よろしくね」
「うん、よろしくね!背中を任せてもらえるように、頑張ります」


20160704