07


「あら、もうお呼び出し?人づかいの荒い女王様ねえ」
「国を崩そうって敵なら、きっと手強いんだろうな」
「だーいじょうぶよっ!アタシ達が組めば、怖いものなんてなし!」


救援を求める光を放った、魔法具の前に扇を携えたマーニャと笛を携えたナマエが並ぶ。「ふふん、何よりご褒美よ、ご褒美!ご褒美のためなら、アタシがんばっちゃうわよ〜!」うきうきと頬を緩ませ、瞳に"ご褒美"への情熱で焔を灯したマーニャがナマエの肩を抱く。瞬間、魔法具に埋め込まれた宝石が馴染みのある青色の光を放ち、二人の体を包み込んだ。

旅の扉に吸い込まれる感覚と似たものを覚えたナマエは次の瞬間、マーニャと共に空中に放り出される。「えっ、」「大丈夫だってば」窘めるようなマーニャの声に、ナマエは体から力を抜いてマーニャに預けた。ふわりふわり、ナマエを伴ってなお、優雅に着地したマーニャは余裕の表情を崩さない。ほっと息を吐き出したナマエもゆっくりと、地面に足を付けた。顔を上げた次の瞬間から、マーニャへの補助を考えるために敵の武器を見極めなければならない。それは間違いなく後方支援である私の役目で、


「…マーニャが二人?」
「ね、姉さん!?」
「へ、なっ、ミネア!?」
「えっ、マーニャの、いもうと…………えっテリー?」
「………なんでお前がそこに居るんだ」
「いやそれは私のセリフというか」


ナマエの頭の中から色々なものが飛んでいく。女王の部屋に攻め入ってくるのは、国に混乱を齎そうとする間違いなく悪い賊だと思い込んでいたからこそ、よく見知った顔が目の前に現れればそりゃ混乱もするだろうとナマエは思う。「おうナマエ!無事だったか」「う、うん、ハッサンこそ…」テリーの後ろで豪快に笑う、ハッサンもどこにも操られているだとか、何かに惑わされている気配はない。つまり二人共、自分の意思でここに居るのだとナマエは考えに結論を付けた。


「…マーニャ、どうしよう」
「どうしようもなにも、ご褒…女王様との約束があるじゃない!」
「う、うん…?」
「いくわよ!」
「う、うーん!?」


どこか楽しそうに扇を構え、マーニャはギラ系呪文と共に飛び込んでいく。「…やれぬと?」「やります!」背後から飛んできたクレティア女王の小さな声と大きな圧力に、ナマエは思わず良い返事を返していた。相対するは八人と一匹。こっちは二人。全員を取り囲む結界のルーンが浮かび上がり、その場にいる女王以外全員の逃げる道を奪う。


「…やる気か?」


正面のテリーが瞳の奥に安堵の色を揺らしなお、挑むような目つきでナマエを見た。「お、喧嘩かテリー」「喧嘩じゃない」ハッサンの茶化す声も流し、テリーは腰の剣を抜いた。剣を向けられたナマエは、ぞくりと背筋が粟立つ気配を感じ取る。…嫌いじゃない。――嫌いじゃない、かもしれない。


「多分私、テリー以上にテリーの戦い方の癖、知ってるけどなあ」
「お互いさまだろ」
「じゃあ、因縁ってわけでもないけど、たまには!」


即座に手にした笛を腰に差し、背中のハープを構えたナマエは切り込んできたテリーを避け、魔力を上げる音色を爪弾く。「あらやだ、いいわねこれ」「でしょう!」投げられるタロットと右で相対し、左で癖っ毛の少年の剣をあしらうマーニャが即座にベギラゴンで後方からブーメランで狙っていた頭巾の少女を牽制した。それと同時にナマエはテリーが振り向いた瞬間を狙い、メダパニの詠唱を終わらせ、放つ。


「おうおう、こりゃあ将来はカカア天下か?」
「……っ、見てないで助けろ、ハッサン」
「邪魔しちゃ悪ィと思ってな」
「随分と余裕だけど、私ハッサンも一緒に相手したって構わないよ!」


こめかみを抑えたテリーに話しかけた、ハッサンもルカナンの範囲内だ。顔を上げた二人が気が付いた時にはその身体はどんよりと重く、ナマエの呪文の影響下に置かれることになる。音に引き出された魔法力が魔力の底上げをし、ナマエの調子を上げていた。「まったく、情けな――…」見かねたと言わんばかりの、砂漠色の髪を後ろに流した――大剣を掲げた青年も含め、テリーとハッサンを迷うことなくマヌーサで取り込んだナマエは、呪文の影響下にある三人の位置を見渡し口元を緩める。膝を付いたナマエは指先を床に触れさせ、素早く呪文の詠唱を終える。


「女王様が納得するまで、動かないでね!」


声と共にナマエの指先から床を伝い、白い糸のような魔法が床に張り巡らされていく。幻惑を打ち破り、テリーのこめかみから痛みが引いた頃には既に、足だけでなく体全体が白い糸の魔法に絡め取られ、動けなくなっていた。「…お、おいおいマジかよテリー」照れ隠しなんかしねえで、素直に無事で良かったって言えばよかったんじゃねえか。ハッサンの言葉にいい迷惑だ、と頷いたツェザールも同調する。普段は味方であるからこそ、自分達の動きをよく知った後方支援が敵に回るということは恐ろしいとテリーは唇を噛んだ。そもそも、照れ隠しでもなんでもない。ナマエがそこに出てきたのが悪いんだろ。なんで俺と離れて、こんなところに出てきたのかとにかく、


「あ、テリー」
「なんだ」
「…マーニャが、すっごいやばいの、飛ばしてきそう」
「は?」


テリーとハッサン、ツェザールを捉え、余裕の表情だったナマエが次の瞬間には床に張り巡らせた魔法を解除していた。「お楽しみはここからよ!」玉座のクレティア女王からマーニャに、溢れんばかりの魔法力の供給が一瞬にして行われる。「ナマエ、避けてねー」「無理じゃないかな!?」ナマエの叫び声は、ドラゴラムの詠唱を終えたマーニャには届かない。


「て、テリー!どうしよう!?」
「っ、後ろにいろ、馬鹿!」


舞い上がった、美しき竜の口から咆哮と共に溢れた炎が、結界の中を焼き尽くした。敵対というにはあまりに短い時間だったとナマエは思う。即座に腕を伸ばし、引き寄せ、ナマエを背に庇ったテリーはナマエの腕を掴むのに、剣を床に捨てることを躊躇わなかった。盾で二人分を補うテリーの鼓動を聞きながら、ああ無事でよかったとこの時ようやく、ナマエは耳元から不安の音が消えるのを感じたのだ。


20160704

呪文解釈について
ルカニ→守備力を下げる→相手の体を重く(思い通りに動きにくく)し、動きを鈍くすることで防御を崩す、または防御の体制を取る動きを遅くする、を守備力を下げる、と表現している解釈。ルカナンはその範囲技というイメージです。