アモスとテリー




「……えええええええええ本当だったんですか!?」
「…そんなに驚くことじゃないだろ。ちなみに、誰だ?」
「いえ、バーバラさんとチャモロさんが話しているのを小耳に挟みまして」
「盗み聞きとは趣味が悪いな」
「趣味が悪いと言われようとも、テリーさんの片思いの相手なんて話はそりゃ耳に入れるしかないと…ああこれは失敬。で、このお花はどちらに?」


テリーの後ろから覗き込み、送り先を店主に問うたのは今日のテリーの同行者である、アモスの興味津々!と言わんばかりの顔だった。「おい、店主。絶対に言うな」頼む、とテリーが念を押すと店主は困ったように笑い、アモスにすみませんが、と断りを入れた。小さな町の角、花を売りに出している露店の目の前でテリーの声色と花を選ぶ真剣な目の色に、アモスはあんぐりと口を開け、それを見守ることになる。やがて鉢植えに入った、小さな可愛らしい銀色の花を選んだテリーは無言で財布を取り出した。テリーの指先に捉えられた硬貨が店主の手のひらに渡り、美しい銀色の花に消えてゆく。


「…銀色の花は、めったに贈ってやれないんだ」


地方によって育つ花は違うからな、と誰に言うでもないテリーの言葉にアモスは信じられない気持ちそのまま、テリーの真剣な横顔を見つめた。苦しそうにも見え、寂しそうにも見え、同時に嬉しそうにも見えるその横顔からテリーの真意は伺えない。伺えないのなら、引き出すしかない。テリーの本音を引き出せるのは、自分たちしかいないことをアモスはよく知っている。馬車の中でも外でも、テリーは最初に比べて随分と話すようになった。


「その人は、花が好きなんですか?」
「ああ、多分。…花言葉で選ぶなんて、器用な真似は出来ないが」
「良いと思いますよ、銀色。テリーさんの色ですし」
「自分で自分の色を選んで、贈ってくる男はどうなんだろうな」
「テリーさんはそういう意図で花を選ぶ人間ではないですよ」
「……断言するのか」
「そりゃあもちろん、お前が俺の何を知ってる〜とは、私達には言えないでしょう?」


得意気に鼻を鳴らしたアモスに、テリーはそういえばそうだな、と自分の中に納得が落ちていくのが分かった。同時に自分を理解してくれている、理解しようとしてくれている人間がこんなにも存在することを、当たり前のように受け入れていたことに酷く驚いた。普通はそんなことで驚くものだろうか。ナマエに言ったら、どんな顔をするか。

考え、テリーはそんな日が来ることはないと首を振った。上の世界のナマエは幸せそうに、子供を抱え周囲から愛を注がれ、これから先も笑顔で過ごしていくのだろう。……下の世界のナマエがきっと、それを望んでいるから上の世界のナマエは幸せになった。俺は最初から、いらなかった。分かっているのに、花屋を探してしまう。花を選んでしまう。

―――テリーの色が好きなのだと、笑ったナマエを思い出す。


「…ありがたいことだ」
「テリーさん、随分素直になりましたねえ」
「ああ、最近よく言われるな」
「最初は馬車の外でも中でも話しかけても無視、無視、寄るな触るな近寄るなで…」
「そこまで酷くなかっただろ」
「これでもかなり控えめに表現してますよ」


今では一緒に酒を飲む仲だ、と笑ったアモスにテリーはそっと目を細めた。微かに緩んだ口元に、気が付いたのであろうアモスがテリーさんと飲む酒は美味いですよ、と調子よく言葉を重ねていく。宿に戻る道は差し込む太陽の光に温められぽかぽかと、心地良い眠気を優しく誘う。それは、限りなく穏やかな時間だ。

穏やかな時間のなかにはいつも、ナマエの笑顔の幻影がちらつく。自分ばかりこんなに居心地の良い場所で、穏やかな感情になっていいのか、テリーは時折考える。このままだと本当にいつか、例えば酒の勢いそのままに全て、ナマエのことを、後悔のことを、――吐き散らしてしまいそうだ。出来ることならそうしてしまって、少しでも楽になりたいものだが。……それをしてしまえば、自分を一生許せなくなるんだろうな、俺は。テリーの微かな呟きは、僅かな喧騒に溶けて消える。


「なあ、」
「はい?」
「…好きな女に贈る花には、何か添えた方が良いのか?」


せめてそれぐらいなら聞いてもいいかと、随分と今更な質問にアモスは目を何度かぱちぱちと瞬かせた。次の瞬間大きく見開き、口元を思い切り緩ませた馬車の常連に、テリーは質問したことを少しばかり後悔した。

20160502