チャモロとテリー




「一人で買いに行きたいものがあると言うので、何かと思えば」
「お前、絶対着いて来なくて良かっただろう…」


気まずさと気恥ずかしさからチャモロと目を合わせられないテリーは、それでもチャモロの着いていけない歩幅で歩くことはない。それを知っているチャモロはにこにこと、テリーの"個人的な買い物"について言及していた。こう見えてテリーが誤魔化すという行為が苦手なことをチャモロは知っている。「そんなに、人が花を買うのが珍しいか」「テリーさんだから、珍しくて気になるんです」逃げるテリーの視線を追いかけ、滲む楽しさを隠さずにそう返せばテリーは眉根を寄せてどう誤魔化すか考え始めた。しかしチャモロはテリーを逃すつもりなんて、一欠片も持ち合わせていないのだ。強さを求めることに貪欲で、誰よりも純粋で、どこまでも真っ直ぐな性格だけれども、自分から好んで人と関わることをしない。……まあかつては仲間も含めミレーユ以外、誰も寄せ付けなかったが今は仲間を除いて、となる。これは大きな進歩だろうと、チャモロは思う。

とにかくテリーが花を買い、綺麗に包んで貰っていた。ここに居たのが自分でなくても誰だって、それこそミレーユだってテリーの花の送り先を知りたがるだろう。上手い誤魔化し方が思い浮かばなかったのか、苦々しいと言わんばかりの表情を隠そうともしないテリーはここでようやくチャモロを振り向いた。聞いて欲しくないと訴える、テリーの切れ長の瞳が手負いの獣のそれに重なってチャモロは微かに身構える。視線の色は警戒の色。


「やっぱり、無理を言ってでも一人で来るべきだった」
「それは出来ません。何かあったとき、テリーさんは回復魔法が使えませんし」
「怪我なんてするはずないだろ、こんな平和な街で」
「ミレーユさんが心配するんです」
「姉さんは心配性なんだ」
「ずっと離れていた弟とようやく再会出来たのですから、当たり前でしょう」


視線に含まれていた警戒の色が日差しにゆるりと溶けてゆく。目を逸らしたテリーは静かな沈黙の後、そうだな、と消え入りそうな声でチャモロに同調した。その様子はやはりどうしても、普段のテリーより随分と弱々しいのだ。毒でも受けているのか、体調が悪いのか。――精神的なものに影響するほどの、悩みでもあるのか。そのトリガーが、花であるのか。…テリーの様子からもう少し踏み込んでも大丈夫そうだと判断したチャモロは、慎重に頭の中で言葉を選ぶ。あくまで、世間話だ。仲間が誰かに花を贈るという事実が、気になって仕方ないというように装えばいい。…地雷を踏み抜いたのならテリーは、同調などせず歩幅をずらし、チャモロを置いていくだろう。


「それでテリーさん、あのお花はどちらに?」
「……別に、誰だっていいだろ」
「誤魔化すということは、片思いなのでしょうか」
「……………チャモロ」
「私、誰にも言いませんよ」
「…そんなことは分かってる」
「テリーさんが非情に苦しそうな顔をしているので、気になるんです」


チャモロは足を止め、テリーの服の裾を掴む。一泊遅れ、足を止めたテリーはチャモロの好奇心だけでその質問をしているわけではないと、切に訴える鋭い瞳を覗き込んで思わず顔を逸らした。「……」「自覚、ありませんか?」苦しそうな顔をしていたのか、とテリーが考えた瞬間に聡いチャモロの言葉がテリーの耳に突き刺さる。

暫し道の真ん中で、テリーとチャモロは沈黙を咀嚼した。噛み砕き、先に飲み込んだのはテリーだ。片思いの親戚みたいなもんだ、と喧騒に掻き消えろと願いを込めた、小さな呟きをチャモロはしっかりと拾った。テリーの視線の先には鮮やかな、とある王国で開催される大きなお祭りの告知ポスターが映っていた。

20160422