それでもその一人を、誰よりも大切に思うが故に




太陽が沈み、満月が姿を現した夜空を、炎の華が音と共に彩る。

レック、ハッサン、ミレーユ、チャモロは式典のスピーチを聞くための、特別席に座っていた。レックが旅の話をするのは、レックの隣に座るアークボルト国王とその傍に立つ兵士長のブラストだ。
運び込まれる料理は(ムドーが討ち果たされ、確かに一時は世界も救われたかに思えたが)ムドーの居た頃とほぼ、変わらぬ数の魔物に苛まれる時代にしては随分と豪勢なものばかりだ。それについて疑問を唱えたミレーユに、アークボルト国王はこの式典の主役である貴族の男の力だと笑った。これほどまでに大きな式典を開くことで、ムドーを越える魔族の存在への恐怖を薄れさせようというのだとか。

民の不安を拭おうと、自分の祝い事と兼ねて大きな祭りを開く。確かに王族としては在り難い、良き指導者だとレックは思う。昨今の貴族が甘い汁を啜る事に熱心な中、このように考えるまだ若き存在は確かに貴重な存在だ。――テリーはそれらを知っていたからこそ、この均衡を崩すのを恐れたのかもしれない。多くの人間の不安を拭い去ることと、自分一人の幸せを天秤に掛け、多くの人間を選び自分を殺すことにしたのかもしれない。


「…多分、勇者としてはテリーの背を押さない方が良かったんだよな」


それでもレイドックの王子は勇者としてではなく、ただの"レック"として、仲間の背を押してやりたかった。間違いだったのか正解だったのか、それは誰にも分からないまま。



**



「テリー、こっち!」


手招きするバーバラの後を追い、貴族の屋敷へ向かうための最短ルート――…アークボルトの地下牢獄の、裏口へ走る道をテリーとアモスは進んでいく。
式典で解放されているとはいえ、城の各部には衛兵が配置されていた。地下への階段もその一つだ。テリーがどうするのか考える前に、アモスがバーバラに目配せした。任せて、と親指を立てウインクしたバーバラが静かに呪文の詠唱を始める。練り上げられたラリホーマを、バーバラは躊躇することなく衛兵に唱えた。自らの体を取り囲むルーン文字に衛兵が気が付いた次の瞬間には、眠りの世界へ案内されている。

素早く階段を下りた三人は、地下牢獄の見張りをしていた衛兵も同じようにバーバラのラリホーマで眠らせた。遠くからどおん、どおん、と響く花火の音にも衛兵は起きる気配がなく、バーバラの調子の良さを伺わせる。「確か、もう少し奥に――ここですね」鋭い感覚で扉を見つけたアモスの言葉に頷いたテリーは、扉を開こうとし、――…何かに呼ばれたような気がして背後を振り向いた。


「テリー、どうしたの?」
「……あれは」


――吸い寄せられるように、テリーは檻の一つに向かって歩き出す。


20160519