朧げな記憶を夢に溶かし




―――その夜は珍しく、夢を見た。

木漏れ日の差し込む森の小道を、誰かと一緒に歩いていた。歩幅を合わせて歩いてくれるその誰かが、私は大好きだった。私が足を止めると、その人も立ち止まってくれる。

立ち止まった私はしゃがみこんで、何かを見つめた。誰かが私に、何か見つけたのか、って呆れたように聞いてくる。きっと私はいつも、そんな風に色んなものに目移りしていたんだわ。それなのに律儀にその人は、私が何を見つけたのか聞いてくれる。

私の視線の先で揺れていたのは、小さな青色の花だった。私は笑い、その花と誰かの色を重ね合わせる。相変わらず歯の浮くセリフだ、と成れた口調が大好きで、ずっと一緒にいたいと思っていたのだ。花は太陽の光無しではその花弁を輝かせることは出来ず、それはきっと私もだった。その誰かは、優しい光を以って私の手を引いた。

手を引かれ、点々と続くその青色の花の先を進む。予定にない道を進んでいくその誰かは、迷いのない足取りで私の手を引く。やがて溢れんばかりの銀色の花が咲いている丘に出た私は、誰かの嬉しそうな、嬉しくなさそうな、複雑そうな横顔の隣で嬉しくて大きな声を上げた。誰かの名を呼んで、その花を手に取っていいか聞いた。良いんじゃないか、と言った声は――…優しくて、優しくて、多分もう二度と得られない幸福の色を帯びていた。両手いっぱいに銀色の花を抱えて、銀色が好きだと私は笑う。誰かの色だから好きだと笑う。花が好きだと、心から笑う。

誰かは気恥ずかしそうに、私から目を逸らしていた。それでもすぐに目を細めて、私の腕の中から一輪、銀色の花を抜き去った。私の髪を耳に掛け、銀色の花を挿したその人はどうしようもなく優しく笑い、小さく小さく、聞こえないぐらいの声で似合うな、と呟いたのだ。

私と誰かは銀色の花畑に座り込んだ。私は色々な話をした。家族のこと、好きなもののこと、好きな色のこと――…夜を好きだと言う私を見つめる瞳の奥で、紫色の穏やかな光が煌めいていた。私は、その人を心から愛していた。けれどどうしてだろう、―――……私はどうして、こんな夢を見ているんだろう。だってこれは、絶対に私の、…愛しているはずの人ではなくて。





「…、……ナマエ」
「…――っ、」
「起きたかい?…まったく、式の日だというのに…君には緊張がないんだね」
「……あ、ごめんなさ、」
「良いんだ。式を挙げたとて、今の生活が変わるわけじゃない」


その言葉に言い様のない絶望感を抱いたナマエの表情に、彼女の愛しているはずの人間は気が付いたのか、気が付かなかったのか。


20160519