思い出せないあの顔と声




――旅を共にしたのは、たった数ヵ月。

今なお目を閉じれば鮮明に蘇る、その数ヵ月間の記憶は糧であり枷だ。生きる意味を示し、生きる意味を見失わせるそれは紛れもなく、今の自分を形成する軸であり芯なのだろう。犯した過ちは消えることなく、しかし自分以外の目には見えず。まるで怨霊だな、と何もない空間に自分の声だけが静かにゆるりと浮かび上がり、そして泡となり消えていく。

銀色が好きだと、明確に思い出せない顔が笑う。でもこの花よりもずっとテリーの髪の方が綺麗ね、と。恥ずかしそうなそぶりも見せず、よく通る声は両手に抱えきれないほどの銀色の花束を抱えて笑う。思い出せないその声が、楽しそうに嬉しそうに笑う。

紫色に心臓が跳ねるのだと、楽しそうに笑う声が少しだけ気恥ずかしそうな声色を覗かせる。俺の目の色だからか、とテリーは問うたことを思い出す。そう、と歯を見せて笑ったその声は快活な笑い声の記憶が嘘だったかのようにぴたりと笑うことをやめ、大好きよ、と囁いた。その声だけははっきりと、鮮明に耳のすぐ傍で生きている。

――つい数時間前、店先で包んで貰った花の名前をテリーは思い出せない。

20160418