出会いの日




彼女は、青色の底でひとり、孤独だった。

彼女の世界は深い闇に近い、濃い青色に満たされていた。彼女はその中で生まれ、育った。美しい髪、美しい瞳、体の中に秘められた魔力。お伽噺に出てくるような彼女の存在は、密やかに囁かれるだけで、一生深い青の中から抜け出すことは無かっただろう。


彼女は青色の底で一人、大切に大切に、育てられた。


彼女の産みの親も特別だった。特別な親から生まれたにしては、彼女は特別過ぎたのかもしれない。それでも彼女自身は自分が特別だという自覚が薄く、どうして自分は特別なのだろうと毎日、青色の底で嘆いていた。彼女は自分が、特別でなければいいと思っていた。特別でなければ彼女は、青色の底から太陽の元へ、毎日足を伸ばしただろう。窓の外から聞こえてくる、楽し気な笑い声は彼女にとって毒でしかない。


彼女は孤独から、抜け出したいと思っていた。


本で眺める世界は美しく、彼女の心を浮足立たせた。太陽を自分の瞳で捉えれば、それだけで自分は孤独でなくなるのだと。彼女は強く信じていた。太陽の元には自分に手を差し伸べ、救い上げ、青色の底から攫う誰かと出会えると強く確信していた。そんな自分を夢見がちだと、嘲る彼女自身も存在した。それでも、彼女は夢を見ることをやめられないまま孤独と過ごした。孤独を受け入れ、抵抗しなかったのは自分を愛していると言う父親と、母親の言うべきことに従うことが、自分の返すべき愛の形だと教えられたからだ。


彼女は、攫われたいと思っていた。

―――深い深い、青色の底から地に足をつけ、踏みしめる明るい光に照らされた世界へ。


彼女は強く、強く望んだ。

願いは聞き届けられ、彼女の目の前で錠の外れる音がした。


彼女の中で、彼女に与えられた力は彼女も、他も知らぬうちに膨らみ、爆ぜる寸前だった。大きなその力にとって、彼女の小さな望みを叶えることなど容易いこと。
彼女は自分の意思で、自分を閉じ込めていたことを知った。行きたいと思えばいつでも、自分は自分の意思で、望む世界へ歩き出せることを知った。知り、事実を咀嚼した後、彼女はそれを飲み込み自分のものにした。自分の望みを、自分で形にした。

扉を開き、誰の目にも触れぬように。連れ戻される恐怖に苛まれていたのが嘘のように、彼女の"家出"は呆気なく成功した。彼女にとっては運が良かったのか、悪かったのか。その日は行方不明となった1人の少女の行方を巡り、大人も子供も大騒ぎをしていた。ただでさえ自分達は狙われる身であるし、少女が捕まった先から自分達の隠れ住む場所が漏れないとも限らない。様々な不安を抱えた人々に追い打ちで不安を与える心苦しさを抑え込み、彼女は自分の生きてきた世界にしばらく戻らないことを心で告げた。そうして、上へ、上へ。優しく暖かな光の降り注ぐ、憧れの世界へと。








「人間の世界も、海の底と同じ色をしているのね」
「……"何"だ、あんた」
「あの強い光を放っているのが太陽、かしら」
「…あれは月だろ、どう見ても」
「月?」
「……質問に答えろ」


思い描いていたものよりも随分と優しい銀色の光が反射したのは、吸い込まれそうな紫水晶。

―――海の底に似た深い夜のなかで、人魚の姫と少年は出会う。


20160511