レックとテリー




「なあ、テリー。いい加減、話してくれても良いと思うんだ」
「…最後はお前か、レック」
「俺達が関わるのが嫌なら、最初から話さなければいいんだよ」


そうだろ、と同意を求めるようにレックは自らの膝に頭を乗せて眠る、ファルシオンの鬣を撫でる。

野宿になることは最初から、想定済みだった。夜の森の中での野宿も、もうすっかり慣れてしまった。そんなわけでレックとテリー以外はもう、深い眠りについている。
規則正しい寝息の音をぱちり、ぱちり、炎の瞬く音が消す。

木々の隙間から潮風が吹き抜け、微かに焚火の炎を揺らした。人魚たちの歌う声がどこかから聞こえてくる幻覚に、ぐらりと視界が揺れる気がする。テリーはそんな光景から逃げるように目を閉じた。――本当にそうだ。関わるなと言えない。話したのは自分だ。何故か。本当は誰かに、話したいと思っていたからだ。

――そして、話しても自分を馬鹿だと笑い飛ばさない相手が、ここにいることを知っている。


「…俺は、お前達を信用している」
「その言葉が聞けただけで、ミレーユなんか泣き出しそうだな」
「だからこそ、半端な言葉で惑わせて悪いとも思ってるんだ」
「テリー、お前が俺達にどうにかして欲しいなら、俺達は頼られたいと思ってる」
「……この旅に、俺が同行したのは」
「理由は関係ないだろ。俺達はお前に心残りのあるまま、戦って欲しくない」
「………」
「迷いがある限り、お前は自分の望む自分になれないだろ」
「……そうだな」


小さく爆ぜる炎を挟んだ、レックの言葉は間違っていない。「…そもそも、アークボルトに足を運ぶことになったのは」「…知ってるさ」お節介なことだ、とグランマーズの横顔を思い出しながらテリーは、すぐ傍にあった木の枝を炎の中に放り込んだ。ぱちん、と再度瞬いた炎に真面目なレックの瞳が反射する。――まるで、真昼の太陽のように強い輝きを放つ瞳。勇者のその瞳に、どれだけの人間が心を許し、頼ったのか。ああ、俺もその一人かとテリーは自嘲的な笑みを浮かべた。…頼りたいと思わせる、レックはそういう人間だ。同時にこいつにだけは頼りたくない、負けたくないと、向上心を煽ってくれる。


「なあテリー、俺達は別にお前が素直になろうが、素直でなかろうが、どっちだっていいんだよ」
「おいおい、なんだそれは」
「そういうのは些細な問題ってやつだ。俺達にとって重要なのは、そこじゃない」
「じゃあ、なんだ」
「お前が俺達の仲間だってことだ。お前の代わりになる人間はいないんだよ、テリー。俺達がお前の代わりとして、背中を預けられる人間はいない」
「…恥ずかしいことをさらっと言うやつだな」
「あのなあ、茶化すなよ…とにかく、お前が迷ったまま、弱いままだと俺達困るんだよ」
「……弱くはない」
「アークボルトに近づくたびに、お前弱くなってるぞ」
「…………」
「自覚あるだろ?ナマエって子のことばっかり考えて、他のことに頭が回ってない」
「……関係、」
「言わせねえ」
「っ、」
「ここまで来て『お前達には関係ない』とか言わせねえからな」


睨むようなレックの視線から、逃げるように毛布を手繰り寄せる選択肢もあっただろう。それがレックから逃げることになるのならば、テリーはそれをしたくないと思った。しかし同時に、話したくないと思う自分がいるのも事実だ。――関係ないと、言えないのも事実。要するに、ちっぽけなプライドが自分の情けない部分を晒したくなくて見栄を張っている。そんなもので壁を作らずとも、相手は自分をよく理解していると知っていてなお、壁を作りたがるのは環境が育てた性分だ。テリーはそれを知っている。目の前の男やここに居る人間の前では、間違いなく必要でないものだということもよく知っている。



「テリー、俺達はお前の仲間だ」
「…ああ」
「俺達がどんな人間か、お前が一番よく知ってる」
「……違いない」
「全部話せとか言わないからさ、お前がどうしたいか。…それだけ教えてくれればいいよ」


――俺達がそれを聞いてどうするか。分かるだろ、お前なら。


レックはテリーから視線を外し、揺れる炎の奥を見つめた。テリーは夜空を見上げ、数日で満ちるであろう欠けた月の円形を見上げる。ナマエは夜が好きだった。太陽より、月が好きだった。月光の反射する波間の果てに、ナマエの生まれた場所がある。


20160511