ミレーユとテリー




「テリー、今日は街へ出掛けなくて良いの?」
「レックと手合わせの約束を取り付けてある。…あいつが戻ってくるまで、たまにはのんびりするのも悪くないかと思ったんだ」
「あら、そうなのね。…私もそうしようかしら」
「姉さんこそ、いいのか?バーバラから一緒に出掛けようって誘われてただろ」
「テリーと話したいことがあるって言ったら、『それならしょうがないね!』って」
「…話したいこと?俺と?」
「ええ。あなたの好きな人について、姉さんとても興味があるわ」
「………いつから知ってたんだ、姉さんは」


諦めたようなテリーの声色に、ミレーユは困り顔で口元を緩める。誰がミレーユに話したとしても、おかしくないとは思っている。テリーの姉という立場以前に、ミレーユはこのパーティの精神的支柱の立ち位置にいるのだ。故に相談事を持ちかけられることも多い。得にバーバラやチャモロはミレーユに強く頼る節がある。それこそ、姉のように。…ってことは、バーバラとチャモロは俺の妹と弟みたいなもんになるわけか…実際、血よりも強い繋がりが自分達の中にあるのは確かだ。一番身近な一番頼れる人間に、不安を吐露する行為は自然なものだ。テリーは何度か首を振り、向かい側のミレーユに向かい合う。いつか聞かれるだろうとは思っていたのだ。そのいつか、が今ここにあるだけだ。


「少し前から。チャモロがすごく心配そうにテリーさんが何かに悩まれているようで、って相談してきて…その次にバーバラが私のところに来たわ。テリーがすごく苦しそうだ、って」
「…苦しそう、か」
「アモスさんからも少し話を聞いたわ。…それから、ハッサンにも。…貴方の好きな人が、アークボルトの貴族の令嬢だなんて」
「ああ、表向きはそうなってる」
「…表向き?どこのポスターにも、アークボルト貴族の令嬢が王家の血筋に嫁入りする、って」
「本当のあいつは、アークボルトの貴族に関係なんてない。…令嬢ってのも少し違うな」
「…………テリー、あなたこの結婚の、一体何を知っているの?」


ミレーユの問い詰めるような視線から、テリーは逃げることを考えなかった。口元は緩み、脳はナマエの存在へ思いを馳せる。ナマエはそもそもアークボルトで生まれ、育ったわけではない。アークボルト王家の人間と血の繋がった貴族の男が、ナマエに一目惚れをし、力にものを言わせて記憶を奪い思うがままにし、結婚という鎖で一生自分に縛り付けようとしているだけだ。…俺にそれを、止める権利がないのは自業自得か。テリーは自嘲的に鼻を鳴らし、静かに口元を歪ませる。

――そもそも、ナマエが記憶を失い、全てを失ったのは俺のせいだ。


「テリー」
「…姉さん、俺はあいつに、合わせる顔が無いんだ」
「……辛そうな顔をしているわ」
「ああ、辛い。間違いない。会いたくて、…本当に、どうしようもない」
「なら、どうして会いに行かず花を贈るばかりなの?」
「…俺のことを、覚えていない」
「覚えて、いない?」
「願いを叶えるためには対価が必要だ。…姉さんだって、知っているだろ」


ナマエは自らと、自らの人生で一番幸福だと感じた瞬間の記憶を全て捧げ、対価を得た。ナマエが得たその対価を、テリーが勝手に納得いかないと思っているだけ。既に交わされた契約を、外野はどうすることもできないのだ。だからせめて、ささやかな抵抗として…花を……、…いや、花は違う。抵抗でもあるのは確かだろうが、大切なのはそこじゃない。


「花を、俺に結び付けていたんだ、あいつは」
「……テリー」
「…俺のことを、好きだと言った。…花と俺を繋ぎ合わせて、その気持ちを思い出して欲しい。思い出さなければあいつは、ナマエは、…自らの意思で、そこに居ることになる」
「………」
「ナマエの足は二度と動かなくなる。…そう、ナマエが望んだことになるんだ」


――そうなる前に俺を思い出し、俺に攫われてくれと。

花に添えたメッセージはいつだって、ナマエの手元に届く前に炎に焼かれ塵と化すのだ。