彼女と花 4




青色は、心を安らげる。

紫色は、誰かの瞳を思い出す。

銀色は、何かを思い出さなければならないと思わせる。



「…お嬢様、具合は如何ですか」
「どうしてだか、…立てないみたい」
「……立てない、とは」
「まるで足が自分のものではないようなの。軋むようで、…苦しいわ」
「……………やはり、薬がなければ」
「でも、あの薬は飲みたくないわ」
「……お嬢様」
「なのに飲まなければ息をすることが苦しい。立ち上がれない。ねえ、こんなの…どうしてこんな事になるのかしら、ねえ」
「お嬢様、」
「…花を見たいわ。もう、…この間の銀色の花は枯れてしまったのかしら」
「あの花の色はよくない、と」
「……そう」


美しい銀色の花が紙屑と共に炎に燃やされる光景が、ナマエのなかに浮かんで、消えた。

身体に大きな穴がひとつ、空いたような感覚を得る。その穴はどんどん大きくなり、やがてナマエ自身を飲み込むのだ。そうなる前にせめて、花になりたいとナマエは思う。――元いた場所に帰れないのならせめて、土に還って誰かの傍に、咲きたいと思っている。


「今日も、届いておりました」
「…そんな気がしていたけれど、ここには来ないのね」
「日が近づいております。城下町の住民も、祭りに心を浮き足立てている」
「倒れてしまってから、いろんな日程のスケジュールが狂っているのでしょう」
「……ええ。旦那様もご主人様も、たいそうお困りで」
「私に花を眺めている時間なんてない、と」
「…お嬢様、立ち上がれないのでしたら肩をお貸ししましょう」
「もしかして、ドレスの試着は今日なのかしら」
「ええ、休ませて差し上げたいのは山々ですが…ご主人様が早急に、と」
「私はここを出られないのに、…たくさんのもので縛りたがるのね」


息苦しさで喉が詰まりそうよ、と目を伏せたナマエは震える足をなんとか動かそうとベッドから起き上がろうとする。――足は、何かに怯えたままでぴくりとも動こうとしない。


「ねえ、」
「……花は、申し訳ありませんが」
「良いのよ、我慢するわ。…その代わりにお願いがあるの」
「お願い、とは?」
「絵でも写真でもあなたが描いてくれるものでも良いわ。……海が見たい」
「………本物を、望まれないので?」
「望んだら、困らせてしまうもの」


――連れ出して欲しいなんて、どの口が言えるだろう。


動かない足に触れた指先が、すみません、と小さく呟いた。その答えを知っていたナマエの視界が、じわりと滲んで消えていく。良いの、気にしないで。海を見たいなんて、そのお願いそのものが貴方を困らせてしまうものだったわ。


「…私はもう、絵ですらも海を見ることが出来ないのね」
「……旦那様もご主人様も、お嬢様が心配なのです」
「良いのよ、よく知っているわ。…直接、お願いしてみましょう」


その人が海を嫌うこと、ナマエが海を見るための対価を、支払うだけ持っていないこと。望みが叶うのは恐らく、ほとんどないであろうことを知っていながらナマエはなお、自分に言い聞かせることしか出来ない。

20160509