ハッサンとテリー




「アークボルトで、随分でかい祭りがあるみたいだな」
「俺達はそれに合わせて移動してるんだろ」
「なにっ、そうなのか!?」
「グランマーズのばあさんの占い、もう忘れたのか」
「お、この間か?そういやレックが話してた気がするが、つい忘れてたな」
「……しっかりしてくれ」
「悪い悪い!しかし祭りか、楽しみだ!屋台で飲む酒はまた格別に…おいテリー?」


隣を歩いていたはずのテリーの足が止まるのを見たハッサンは、自らも足を止めテリーを振り向く。立ち止まり、一点を見つめるテリーの視線の先を追いかけたハッサンは思わず目を見開き、ぎぎぎ、と錆び付いたブリキの玩具のような動きでテリーの横顔を三度ほど確かめた。テリーが見つめていたのが、女性用の装飾品を扱う店のウィンドウディスプレイだったからだ。ハッサンの頭の中では一瞬で、テリーが女性顔負けの美しい顔を持っている事実と、テリーが"そういった趣味趣向"を持っている可能性が掛け合わさった式が弾き出された。よし待てテリー、お前男だろう。流石にそういう趣味は…


「――…一度も、考えたこと無かったな」
「…お?」
「いや、悪い。こっちの話だ」


何事もなかったかのようにウィンドウディスプレイから顔を逸らし、ハッサンの前を歩き出したテリーはまったく普段通り…ではないだろう。こりゃ何かしら事情があるな、と踏んだハッサンはテリーに続き歩き出したものの、敢えてテリーの隣に並び歩くことはしない。背後から観察するテリーの背中は、いつも以上に静かな空気を纏う。

色鮮やかなものであれば、いつか枯れ土に還る花よりも形に残る物の方が多少、希望があるのかもしれないと考えたテリーは自分の考えに鼻を鳴らした。やはり自分はナマエに、思い出して欲しいという希望を、願望を、どうしたって捨て切れていないのだろう。泡沫の夢だと知っていてなお、ナマエの隣を歩くことを決めたのは自分だったというに。


「なあ」
「うん?なんだ?」
「………いや、あんたに聞くのは絶対に間違ってるよな」
「良く分からんがテリー、お前失礼だぞ」


じろじろと自分の顔と体と衣服を見、問いかけをやめたテリーにハッサンは口を尖らせる。しかしテリーがどこからどう見ても、ハッサンに女っ気がないのも事実。それがハッサンの魅力の一つでもあるのだろうが…まあ、好きな女への贈り物を相談する相手として間違っているのは確かだろう。…いや、そもそもこれは、誰かに相談していいことなのか?テリーの中でふと、疑問が浮き上がる。

…チャモロやバーバラは、ある程度は首を突っ込もうとすれど深く聞いて来なさそうではある。今の俺は随分と仲間に心を許している。心を許した相手に弱いというのも、二人はよく知っているだろう。…実際、屋台でたかられたりする。いやその話は後でいい。とにかく、問い詰められれば全て白状するであろうと、知った上で深く聞いてこないだろうという確信がある。俺の意思を尊重してくれる、そういった気配りが出来るのはやはり戦いの最中でも全体を見渡し適切な対処を求められるポジションに立つからだろうか。

アモスやハッサンには、酒の勢いが混じれば確実に吐き出すだろう。見ていないように見えて実は見ている、この二人はそういう部類の男だ。力になれることがあるなら、と背中を押して俺の喉元につかえている言葉を、ぽろりと吐き出させることが上手い。一緒に背負ってやるからと、迷いのない言葉で些細な悩みでも、共に背負わせて良いのだと思わせてくれる。

――仲間は、こんなにも心を楽にさせる。


「アークボルトの、祭りがあるだろ」
「ああ。アークボルト王家の血族の…貴族の結婚式に合わせて祭りがあるんだよな?」
「主役の花嫁を今だに好きで、諦めきれないってだけさ」
「…なっ、おいおいおい!本当か!?」
「奪うつもりは、…まあ、これっぽっちも無いけどな」


テリーは街角の小奇麗な花屋の前で足を止めた。最初こそ確かに存在した躊躇いや、花屋に足を踏み入れる戸惑いは、ナマエの顔を思い出すだけでテリーの中から音もなく消え去った。使われる可能性は当たり前のようにないだろうが、ブーケと成りそうな美しい花束を贈りたかった。形に残るものを贈る勇気が出ないからこそ、せめて。

――少しでも、色鮮やかな記憶が残るように。

20160509