彼女と花 3




銀色の花が飾られた窓辺のガラスには、色とりどりの鮮やかな宝石に彩られた美しいシルエットのドレスが何着も、何着も映し出されていた。鏡の目の前で着せ替え人形となったナマエは次から次へと、差し出されるドレス、装飾品、それらに一切口出しすることはない。そうあるように、躾けられ育てられたからだ。


「お嬢様、次はこちらを」
「ええ」


差し出されるドレスの中に、青色も銀色も紫色もない。父も母もあの人も、やはり見知らぬ人間からずっと贈られている花が不安で、仕方がないのだろうと思う。私がその人に心揺らぐこと、私が名も姿も知らぬその人に恋い慕うこと、私が声も髪色も目の色も知らぬその人を探しどこかに消えてしまうこと、そういった可能性を考え恐ろしくなっているのだろう。


「お母様もお父様も、随分と心配性ね」
「お嬢様は大切な大切な、一人娘でございますから」
「大切ならば私のことをよく見て、よく知っているはずだわ」
「ええ、それが…?」
「私のことをよく知っているのなら、…いえ、やめましょう」


よく知っているのならば私が花の贈り主を探したりすることなどないこと、ドレスの試着を嫌だ嫌だと言い出すことなんてないこと、全て知っているでしょうに。そんなに大切な一人娘ならば、少しぐらい信じてくれたっていいはずだわ。そんなに私のことが信用出来ないのかしら。心配性もこじらせてしまえば過保護以外のなにものでもないわ。こんな風に部屋に外から鍵を掛けて、私をどこにも行かせないで。


「……あれ、私、誰かに」
「お嬢様?」
「…誰かに、…こんな風に、言ったわ」


それは確信だった。誰かに、家族の話をした。自分を大切だと、宝だと、資産だと。蝶よ花よと育て、完璧に管理された自分たちだけの温室で、緩やかな時間の中で育て上げた自慢の蝶だと。けれど蝶が得た自分の羽で、籠から逃げ出すことは許されないのだと。毎日しっかりと鍵を確認して、知りたいと思うことは何一つ知らず、そのくせ窓なんて作って、無駄に外の世界を期待させる。そんな風にされていて…それが、どうしても納得出来ない日がやってきて。私の外見ではなくもっと、私の中身と接して、言葉を交わして、何にもに代えられない価値を見出して欲しいと。――誰かに、そう零した。覚えている。覚えている、覚えている――…誰に?誰に言ったの?あまり顔を合わせることのない、この家に住む――…両親のことを?誰に?


「………今まで、一度も無かったわ」
「お嬢様、どうなさいました?」
「一度も、無かったの。…これだけ、どうして、覚えているの?」
「覚え…記憶ですか!?」
「分からないけれど、そうかもしれなくて…誰かに、私の、本当の心を」


少しだけ吐き出して、そして、どんな言葉を貰ったんだっけ。


薄桃色のドレスに身を包んだナマエは、そのまま意識が遠のいてゆくのを感じた。微かに繋ぎ止めた意識の最後に、目で捉えた銀色の花が、二度と開くことはないと思われた記憶の扉にヒビを入れる。その綻びから微かに溢れだした、小さな、小さな、微かな記憶がナマエのなかに"還って"、恐怖でナマエの体を包み込む。


「…だめ、駄目なの、まって、おねがい」


――閉じ込めておかなければいけないものだ、これは。

認知してはいけない。掘り起こしてはいけない。思い出してはいけないのだ。忘却の彼方で塵となり、風に攫われねばならないのだ。……二度と手にしてはいけないものだ。だからお願い、向こうへ行って。お願い、お願い、――――欲しいけど、欲しくてたまらないけど、手に入れたら私はきっと、


「お嬢様!」
「……ごめんなさい、折角のドレスの試着の日に」
「良いのです、まだ日に少し余裕があります。…今日はゆっくり、お休みくださいませ」

20160506