心操くんと緑谷くん


なんだこれ。なんだこれ。どうしてこんな状況になってる。


「〜〜っ!かわ、」
「あんまデカい声出すなよ緑谷」
「ご、ごめん。あんまり可愛くてつい…」


おいでおいで、と小さな声でひらひらと手を振る緑谷を、子猫が興味深そうに眺めている。…近寄りはしない。ちらちらと俺の方を伺ってくるのはなんだ、俺の許しだとかを求めているんだろうか。「ね、ねえ心操君!」「…なんだ」子猫から目線を逸らさない緑谷がやけに真剣な表情で俺を呼ぶ。――なんだ?まさか猫の目の色とか、ぱっと見で病気とか分かったり、


「抱っこしてもいいかな!?」
「……ああ、はい」


――緑谷の目は至って真面目だ。…なんとなく損をした気分になりながら、近寄って子猫を抱き上げてやる。くるくる、と喉から小さな音を発するそいつを抱かせるために、立ったままの緑谷を座るように目で促した。慌てて座り、居住まいを正した緑谷の腕のなかにそいつをゆっくりと下ろしてやる。…手を離すとき、無性に不安を感じるのは無責任というものだろうか。飼えもしないのに拾って、それでいて手放したくないなんてやっぱり無神経なんだろうか。いざこいつを誰かの手に引き渡す時、俺は冷静でいられるのか。


「わ、わ、わっ」
「そんなにビビるなよ…」
「でもなんていうか、予想以上に小さいし軽いし…うわあ…!」


可愛いかわいい、と小さく声を上げながら緩む口元を隠そうとしない緑谷を横目で見やる。…まだ包帯の残る指先は、体育祭の後遺症だろう。緑谷の匂いを嗅ぎ、新しい慣れない匂いに少しだけ居心地の悪そうな子猫はそれでも、しばらくすると上手い具合に緑谷の腕の中に収まって満足そうに目を閉じた。「ね、寝顔…!」「あんまりデカい声出すなって。…起きるだろ、せっかく寝たのに」「…かわいいなあ」おい緑谷お前話聞けって。嬉しそうな顔するなよ…いや確かにそいつの寝顔は反則級にかわいいけどさあ。


「ねえ心操くん、この子の名前は?」
「え、無いけど」
「無いの!?」
「だからデカい声出すなって…ああもういいや」



(2015/06/21)