心操くんの人探し


「ただいま」


部屋の扉を開けると、小さなふわふわがベッドの上で丸まっていた。どうやら母親に見つかることはなかったらしい。部屋の隅に置いた容器からは子猫用のフードが少し消え、元々こいつが入っていたのとは違うダンボールに敷いた新聞紙は一部だけ、色を変えていた。ぴくぴく、と耳を動かしたその小さな存在は、俺を視界に捉えて嬉しそうにきゅうと鳴く。

今朝は学校に行きたくなかったんだっけ。鞄を下ろしてベッドにそのまま腰掛けると、腕にそいつは擦り寄ってきた。子供が親に甘えるように、くるくると小さな喉を鳴らしながら。口元が緩むのを自覚しながら、指先は恐る恐るそのふわふわに包まれた頭を撫でる。

――暖かいものが体に触れているのを自覚しながら、眠りに付いたのは何年ぶりだっただろう。

夕飯の時間、適当な雑談交じりで話を振る。意識は自分の部屋ですうすうと眠っているそいつに取られっぱなしのままで。猫、飼いたいわよねえ。俺と同じく猫が好きな母親はでも、と顔を顰めて続けた。お父さんが猫アレルギーだし、ね。と。
最もな理由だった。それを言われてしまうとグウの音も出ない。ただそれでも拾ってしまった事実は変わることがなく、俺の指をぱしぱしと叩いて遊ぶ子猫がいきなり消えたりはしない。見立てでは明日、いや明後日には俺が部屋に連れ込んだ存在のことは家中に知れ渡ることとなるだろう。

……緑谷は親に聞いただろうか。いいよ、と返事を貰っただろうか。心の奥底で自分と同じようにダメだと言われることを期待しているのに気が付いていたけど、無理矢理押し込めて飲み込んだ。…こんな状態で、いつまでもこいつを俺の手元に置いておけるはずがない。のに、既に独占欲が広がっているらしかった。この小さなまだ幼い猫を、守ってやるのは俺だとか、そんなの。でも俺は守ってやることが出来ないのが現実で。


「…頼むよ、緑谷」


結局は、他人に縋るしかないらしい。


**


「心操くんごめんね、その…」
「いいよ、別に。というかそれわざわざ言うために俺のとこまで来たの」
「だって昨日の心操くん、すごい考え込んでるみたいだったし」


力になれなくてごめん、と心底申し訳なさそうに目を伏せた緑谷に首を振る。「別に、俺の問題だし。ちょっと聞いてみただけだから」「…その猫、今は?」「俺の部屋。多分、すぐ見つかるだろうけど」…見つかるだろうけど、見つかるだろうけれども。今更外に放り出すなんてそれこそ無責任なことは出来るはずもないし、何度も頭を過ぎる保健所、という単語はそれこそ最初から選択肢にない。


「うちじゃ飼えないしさ。…ま、時間取らせて悪かったよ緑谷」
「っ、心操くん…」
「なんとか、別のやつ探してみるわ」


ほらもうすぐ授業始まるだろ、……うん、昨日の昼は賑やかで悪くなった、うん―――廊下を歩き出した緑谷の背中を少しのあいだ、目で追いかける。緑谷に引き取ってもらえる可能性を考えているだけであんなに複雑な気持ちになったのに、いざ無理と言われてしまうと緑谷以外にこんなことを話せそうにないのが不思議だった。別にクラスメイトだとか、友達だとか。信用できないってわけじゃないけど。…緑谷が一番、丁度いい位置に居たのかもしれない。

出発点に逆戻りした飼い主探し。早めに決着を付けなければますます愛着が沸くだろうし、離れ難くなるだろう。飼えない。なら、代わりにあいつを守ってくれる家を探さなければならない。


(2015/06/13)