心操くんとお昼ご飯


「どうしたんだよ心操、元気ないけど」
「そう見えんの?」
「まあな」


結構分かりやすいよなあおまえ、とからから響いた笑い声にゆっくり、口元を緩ませた。「あのさあ」「ん?」「……いや、なんでもない」首を振った。別に、いきなりこんな話振られたって困るだけだろう。
大したことじゃないし、と気が付けば口が動いていた。そうか?と首を傾げたそいつはなんかあったら相談しろよ、と肩を叩いて自分の席に戻っていく。制服の肩にひとつ、小さな白い毛を見てしまったら答えが明確に想像出来てしまうのだ。


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カウンターでお釣りとパンを受け取った時には既に、食堂の席は人で埋め尽くされていた。まあ、いつものことだ。いつもの事だから、多少面倒でも階段を上がり教室で適当に食べるのが無難ってとこだろう。まあ教室には誰かしら居るだろうし、適当に喋りながら――

「あれ、心操くん?」
「……緑谷」
「珍しいね、食堂で会うのってさ」


へらりと笑顔を見せた緑谷が、良かったら隣どう、と自分の隣の椅子を指差してきた。混み合う食堂でひとつ、緑谷の隣の席だけが少し寂しげに空いている。その椅子をひとつ挟んだ向こう側で、(恐らく)経営科の生徒が雑誌を覗き込みああだこうだと討論を交わしていた。例えばこのヒーローを自分が売り出すならこうする、だの。俺ならこうする、だの。どこを全面に押し出していくか、グッズはどんなものを販売するか、


「あ、誰かと約束してた?ごめんね、それだったら――」
「別に。教室に戻って適当に食べようと思ってたし」
「そうなの!?」
「…お、おう」


詰め寄られて、耳を通り抜けようとしていた経営科の奴らの会話が吹き飛んでいった。どうぞどうぞ、と勧められるままに椅子を引き、緑谷の隣に腰を下ろす。「おお、確か君は…」「やっほー!」メガネの…確かA組のクラス委員長。飯田だっけか。あと確か体育祭の時に爆豪と戦った、


「麗日くん、肘!水が倒れそうだ」
「ああっごめんね飯田君!って心操くんそれだけしか食べへんの?」
「えっ心操くん僕のカレーライス食べる?」
「……………」
「「わーっごめん!行かないで!」」
「いやあ、人が増えると賑やかだな」


オレンジジュースを手に何度も頷く飯田の隣、それから正面。「心操くんごめん!ほら私のゼリーあげるから!」「心操くん!カレーのじゃがいもじゃなくてお肉!ほら!」「いや、いらないって……」立ち上がって俺の制服の裾を掴む麗日と緑谷が、それぞれ別のものを差し出してくる。肉とゼリー、ゼリーと肉。うるうるおめめのオマケ付き。

……その目があの小さな存在と被ったなんて言えるはずがない。とりあえずは、と渋々座り直すといやーついテンションがねえ、と麗日が笑った。パンの袋を開け、かじりつくと隣の緑谷が今日の現代文で、と授業の話をし始める。三人の会話を流し聞きながら、緑谷がかなり頭の良い部類に入ることに意外性を覚えた。…雄英に受かったんだからそりゃそうか。


「なあ、緑谷」
「うん?」
「おまえさ、何か飼ってる」
「へ?かう…?」
「動物とか」


クラスメイトには問おうとすら思わなかった言葉が、パンの隙間から緑谷の耳へ。「飼ってないけど、どうしたの?」「いや…なんつーか」いつもより大きく口を開けた。パンをかじった。何度か咀嚼して、少しの緊張を水で流し込む。麗日は飯田と言葉を交わしていた。…聞こえない、気がする。緑谷の言葉にのみ、意識が集中しているらしい。


「なんていうかさ、俺今困ってて」
「…困ってるって」
「まだ生まれたての子猫、………拾ったんだよね」


――飼えないかな、の言葉は食堂のざわめきに掻き消される。緑谷は一瞬だけきょとんとした後、聞いてみる、と少しだけ目を細めて頷いた。ちょっとした雑談のトーンでも、緑谷は真剣に受け止めてくれるらしい。なんていうか、…まあ、嫌いじゃない。


(2015/06/12)