夢見が悪い轟のはなし


「……名前」
「あれ、焦凍?なんでうちにいるの…ってちょっと!」
「今日はここで寝る」
「…………えっなんで……?」
「たまには良いだろ」
「ごめん本当に唐突過ぎて全然意味が分かんない…」


Tシャツにジャージ、手土産、と言って渡されたのは季節外れにも程がある棒アイス。焦凍の能力でしっかりと冷えたままをキープされたそれを、流されるままに受け取ると頷いた焦凍は当たり前のように私の横を通り過ぎて私のベッドに潜り込んだ。いや、本当に意味が分からない…受験勉強中にそんなことをされても困るだけだし何より私たちもうすぐ高校生だよ?一緒の布団で寝るのがセーフなのは流石に小学生までじゃない?

――と、焦凍に言えるだけの気力もなかったし、眠気を堪えて単語を詰め込んでいる最中の頭は唐突な従兄の来訪に、付いていけていないらしい。どうしよう私どこで寝ればいいの…的外れなことを考えはじめた瞬間、ぴろりぴろり、と最近はまっているプレゼント・マイクのラジオのテーマソングが流れ始めた。電話、表示されているのは冬美さん、の文字。


『ごめんね名前ちゃん、焦凍もう着いた?』
「うん、今私のベッドに潜り込んでった。どうしたらいいかなあ」
『………よろしくね?』
「丸投げしないでよ冬美さん」


割と本格的に困惑している私の視界には、ベッドからクッションとぬいぐるみを排除しにかかっている焦凍の姿が確認できる。ああそういえば、小さい頃から焦凍はあんまりクッションとかベッド周りに置かせてくれなかったっけ…昔も私が布団の周りにぬいぐるみを置いていたりすると、見られているみたいで嫌だとかいって布団の外に追い出された。かわいそうなぬいぐるみ達の幻影を見ながら、私は床に放り出されていくクッションといくつかのぬいぐるみにそっと手を合わせる。明日になったら定位置に戻すからね、うん…多分。多分だけど。


「ねえ焦凍、ほんとに今日ここで寝るの」
「悪いか」
「……えっ聞くの?悪いよ?私たち年頃の男女だよ?」
「家族みてえなモンだろ」
「そうだけど!そうだけどさあ!」
「何かあっても俺が対処する」
「何をどう対処するの!?」
『ごめんね名前ちゃん』
「ふ、冬美さーん!」


ぷつり、と通信が途切れる音がして私は耳元から離した携帯を見つめる。いやいやいや、確かに私と焦凍は家族みたいなものだけど。本当の家族とか、兄弟並みに距離が近い親戚ってだけだという事実。従兄弟同士って結婚出来るんだよ――ああ小さい私にそれを教えてくれたのは冬美さんだっけ……いいや、私がソファーで寝ればいいんだそうだ。母さんか父さんが焦凍を家に入れたんだろうし、二人も私がリビングで寝るのを許すだろう。別に多少体が痛くなっても明日にそこまで影響はな、


「おい名前」
「…なに焦凍」
「寝ないのか」
「いや、寝るけどまだこれ終わってないし、リビングで寝るから電気消していいよ」
「お前のベッドだろ」
「今だけは焦凍のベッドでいいから寝るんなら早く寝て」
「暗記か」
「…話聞いてお願い」


ベッドから降りた焦凍が頭を抱えた、私のところまで歩いてくる。「…ああ、そこか」単語帳とノートを見比べて、私が今やっている範囲の大体の目星を付けたんだろう。…焦凍には言っていないけど、私も雄英を受けるつもりでいる。経営科かサポート科を考えているけど、一応ヒーロー科を前提に勉強をしている。…実際はまだ迷っていた。

オールマイトのようなヒーローに憧れたり。ヒーローを雇う側を考えてみたり。例えば焦凍のように優秀な個性を持つ人が、更に力を引き出せるように勉強をしたいと思ってみたり。……揺らぐ心は落ち着かない。きっと私はどこに行ってもそれなりにやって行けるだろう、という漠然とした自信はある。ただ自分が何をやりたいのか、自分が一番分かっていないのだ。
だから狭い狭い門を潜ることに挑戦してみることにした。全力を尽くして断念したら、新たな目標が見えるかもしれない。無謀かもしれないけれども可能性に賭けるのは悪くないと思う。


「そこ、前言ってた高校の試験範囲外じゃないのか」
「うん。ちょっと目標見直してみようかなって」
「まあそれはともかく、お前それ効率悪いぞ」
「…ぐっさり刺すね?」
「一気に詰め込んでもお前の脳みそじゃ溢れ出すだろ。寝て記憶を定着させろ」
「失礼な!ってちょっと、引っ張らな、」
「寝るぞ」


寝るぞじゃねえ!と心の中でだけ大きな声を上げておく。夜も遅い時間、私の声でご近所さんの睡眠を妨害するなんてとんでもない。「…いや、流石に一緒には寝られないから離そう、焦凍」「俺はお前と寝るために来たんだ」「……なんで……」誤解を生みそうな言い方だとか、知らない人が聞いたら間違いなく"そういう"捉え方をするだろうとか。眠気に襲われているらしい焦凍の耳には私の疑問の声は届かず、焦凍に引っ張られるまま、私はすっかり物の無くなった自分のベッドに引きずり込まれる。焦凍の手には部屋の電球を操作するリモコン。入ってきたときに壁から抜き去ったらしい。抜け目ないやつめ。

……いやまあ焦凍だし。焦凍だし、なんの間違いも起きないと思うし一人用のベッドに二人で寝るのが少し窮屈ってだけで…むしろ一人だと寒いベッドの中の人間二人分の熱ですぐに暖かくなるわけだし。「消すぞ」「……はーい」色々なものを諦めた私は、観念して目を閉じることにした。ピッ、という電子音と共に部屋は光を失い夜の帳に包まれて、ふわふわとした柔らかい布団の温もりが私を包み込む。「名前」「んー、なに?」掴まれたままの腕に、少しだけ力が込められたのを感じた。普段はそこにない指先が、冷たい。


「珍しいね、らしくないの」
「…悪かったな」
「………いいよ、別に。焦凍だから」


天井から視線を外して、ベッドの壁側を陣取った焦凍の方を振り向く。――いつもの無表情、ほんの少しだけ細められた目。窓枠から溢れる黄金の光で、照らされた焦凍の目がきらきらと反射して見える。何度見ても、私はこの従兄のことを、焦凍のことを綺麗だと感じるんだろう。影になって見えにくい火傷の痕も、それさえも。――きっと綺麗だと思うのだ。
腕から指が離れていく。代わりに絡め取られたのは指先で、不安気に瞳を揺らす焦凍はそれを握り締めた。絡め取った私の指を、手のひらを繋いだそこを、祈るように包み込むように。


「…嫌な夢を見たんだ」
「……うん」


頷いて、もう片方の腕を伸ばす。焦凍の手の上から、更に包み込んで目を閉じる。焦凍が私の布団に潜り込んでくるのは久しぶりだなって考えながら、昔のことを思い出していた。…あの、火傷のあと。恐ろしい夢に囚われることが多くなった焦凍は、私のところにやってきた。平気なそぶりを見せるくせに、電気を消したら眠ることに恐怖を覚えていた焦凍に、手を繋いでみせたのは私だった。何も出来なかった、ならせめて悪い夢ぐらいからは大切な家族を守りたい。……それはやっぱり、この年になっても変わらない。


「手を繋ぐのって、やっぱ安心する?」
「……お前だからな」
「へ、よく聞こえなかった」
「なんでもねえ。寝ろよさっさと」




(2015/06/18)

すごい妄想の塊になった轟くんを供養しようの会
アイスは寒さと轟くんの力で朝までキープかまあ溶けてるんじゃないですかね