初めて言葉を交わした日


「焦凍は初めまして、だったかしら」


叔母さんの横に立つ私と同じぐらいの背丈の男の子が叔母さんに手を引かれてうちにやってきたのは、あの日から季節がもう一回づつ、巡ったぐらいの頃だった。それまでに何度もうちを訪ねてきていた叔母さんは、お兄ちゃんを連れているか、一人かだった。お兄ちゃんから轟家の一番下、弟が私と同い年だと聞かされていた私は初めて合う同い年のいとこに、仲良くなれるか内心心臓をばくばくさせていた。そんな緊張している私を知ってか知らずか、名前ちゃんよ、と私の方に微笑んだ叔母さんが男の子に私を手で示して見せる。

はじめまして、しょうとくん。恐る恐る、差し出した手は同じくぎこちない動きで差し出された手のひらに握られて、小さく上下に揺れた。そんな私たちを柔らかな表情で見下ろしていた叔母さんの片頬は、何故だか微かに赤く腫れていた。


――苗字名前、5歳。轟焦凍、同じく5歳。


頬と膝に絆創膏を貼り付けた体。右と左で色の違う髪と、瞳。握った手のひらも擦り傷だらけで、どうしてこんなに彼は怪我をしているんだろうと不思議に思った出会いの日。





叔母さんと母さんがリビングでいつものように何かを話している隣の部屋で、私は"しょうとくん"と何を話したらいいのか分からないまま、向かい合って座っていた。お互いのことを何一つ知らず、多分お兄ちゃんや叔母さんからお互いに又聞きしたことしか相手のことを知らない私たちは、何をすればいいのか分からず固まっていたのだ。しょうとくんがどうだったかは分からないけど、私は確かに戸惑っていたしどうすればいいか分からなかった。お兄ちゃんたちは○○をしよう、○○は好き、と聞いてくれたり示してくれたりしたから…でも私に出来るのかな。しょうとくんが嫌なことを言ってしまったらどうしよう。

頭の中で飛び交う落書き帳とクレヨンと、ぬりえとテレビと絵本とおもちゃ。今でも鮮明な沈黙は、初めて味わう気まずい沈黙だった。しょうとくんはどれがいいかな、どれが好きかな……考えるばかりで言葉を発することを忘れた私は、しょうとくんの方を伺ってみる。そこでやっと私は彼に見つめられていることに気がついて、目をぱちぱちと瞬かせた。どうしたの、とか。その辺のことを言った気がする。

しょうとくんはすぐに目線を逸した。釣られてそれを追いかけると、もう何度か箱から取り出して眺めている赤色のランドセルが目に入る。このあいだ言ってた、と小さく彼が呟いたのが私のランドセルを買いに行ったとき、叔母さんが一緒だったのを示しているのだということに気が付くのは早かった。叔母さんが手にとっていたランドセルは男の子ものばかりで、しょうとくんとまた買いに来るのかな、って顔も知らなかった彼のことを考えていたのを思い出したのだ。


「…ええと、しょうとくん」
「なに」
「わたしとしょうがっこう、いっしょだよね」
「…うん」
「おかあさんがね、しょうとくんといったら、って」


緊張で途切れる言葉をなんとか紡いで、再び初めて会ったばかりの彼の方に目を向ける。少しだけ見開かれた瞳はやっぱり右と左で色が違って、私はそれに見入っていたようだった。――私を我に返らせたのは、いいよ、と小さく呟かれた声だった。



(2015/05/20)