知ってたんでしょう?


相談がある、放課後時間を取れるか――…断る理由は一つもなかった。隣の席の障子君は最初こそ話し難そうだ、なんて思ったけれど案外話してみると楽しいし、会話が弾むし、私たちは男だとか女だとか関係無しに普通に仲の良い友人だ。そんな友人の相談相手に選ばれたのは純粋に信頼を得ている実感を噛み締められて嬉しいし、私に出来るのならばいくらでも力になってあげたい。
私と障子君は授業が終わった後、駅前のファミレスに腰を落ち着けていた。ドリンクバーを注文し、二人でいつも通りの会話(相変わらず実技訓練では八百万ちゃんと轟君が一歩抜きん出てるとか、爆豪君がまた緑谷君に絡んでいただとか、昨日の夜の番組のヒーロー特集を観たかだとか)を交わしながらドリンクを手に取り席に戻る。


「で、障子君。相談って?」
「ああ。実は好きなやつがいるんだ」
「……えええ!?」
「変か?」
「いや変ではないし障子君だってお年頃の男の子だし分からなくもないけど…」


へええええ障子君も恋をするんだ!とは流石に失礼だろうと必死で声を飲み込んだ。まさかの、まさかの恋愛相談。「苗字」「…っ」真っ直ぐ見つめられて、どう答えて良いか分からずに気まずさからドリンクに口を付ける。炭酸がぴりりと舌を刺激し、何故だか酷く動揺する心臓の動きを加速させる。へ、へえ…恋かあ。障子君、多分相談相手間違えてるよと言うには障子君の目が怖すぎた。どうしよう本気だこの人!


「…それで私に相談っていうのは…」
「苗字ならどんな男と付き合いたいか、と」
「私?」
「ああ」


頷いた障子君が穴の空くぐらいに私を見つめるから困ってしまった。「ねえ、障子君」「なんだ」「もしかしなくても相談って…」これかなあ、なんて聞かなくても障子君の真顔を見てしまったら黙り込むしかない。律儀に頷いてくれた障子君を確認して、私は思わず溜息を吐いた。「苗字、一つぐらいはあるだろ」「一つぐらいは…まああると思うけど」カラカラ、と音を立ててグラスの中の氷が揺れた。薄黄色の液体の中に反射する。

どんな人と付き合いたい。考えたこともなかったせいで、ううん、と思わず唸ってしまう。正直に言うと恋に似た憧れは抱いたことがあるけど、どれも長続きしたことはない。心臓がとくりと音を立てて、それに気が付いて、でも気がついたからといってどうしたいかなんて自分には分からなかったから放置していた。そうしたら、その気持ちは知らないうちにどこかへ出かけてしまっていた。そうして二度と帰ることはない。


「…良くわかんないけど、でも障子君なら大丈夫だと思うよ」
「どうしてそう思うんだ?」
「だって障子君背が高いし、かっこいいし。あと優しいし、話しやすいし」
「苗字だけだろう」
「そんなことないよ。あー、でもちょっとだけ羨ましいかも…私も恋とか、したいなあ」
「してないのか」
「それこそ本当によく分からないからさー」


恋ってなんだろう。憧れかな。そうじゃないのかな。似てるけどやっぱり違うのかな。…ううん、恋はしてみたいけど、相手のことを考えるだけで心臓が大きく跳ねるなんて健康に悪そうだ、なんて考えてしまう。居心地の良い恋がしたい、とは贅沢な願いだろうか。
でも居心地の良い恋ってなんだろう。…心臓は、あんまりばくばくうるさくならないのがいいな。目で追いかけるんじゃなくて、隣にいたいかもしれない。喋っていると焦るより、落ち着いてくる方がいいかなあ。あと一緒にいて緊張するより、楽しい方がいい。……じゃあ結局、こうなるのかな。でもこれって言っていい、のかなあ…


「……障子君とその、友達として、だけど…一緒にいるのが今は一番楽しいみたい」
「なら話は早いな。苗字、俺と付き合ってくれ」
「…………へっ?」


知ってたんでしょう?



(2015/07/09)

障子君偽物乙!!つらさ
障子くんは多分夢主が敢えて障子君に友達として、って言ったのに気がついてそう。恋人にするなら障子くんみたいな人がいい、って考えた夢主の思考を読んでるそんな障子くん