無垢を恐れるな
すきだ、って伝えたいけれど、口に出すのが恥ずかしい。

何より口にしても、そのまま受け取ってもらえない可能性が高い。何故なら彼は普通科で、私はヒーロー科で、彼はヒーロー科にライバル心を抱いていて、……何かの罰ゲームだと思われたら。冗談だと取られたら。素直に受け取られた上で、ごめん無理、って拒絶されたら。そんな日はきっとこの世の終わりだ。実際に終わるわけではないかもしれないし、多分呼吸をしながら食べて寝て、悲しみながらいつもの学校生活を送ることになるのかもしれないけど、でもこの世の終わりだ。この世の終わりが来るなんて考えたくない。じゃあ彼に何も言わず、黙っていれば?関係性はこのまま、体育祭でちょっと話したぐらいの、微妙な距離感の友人一歩手前、そのままでいれば世界は終わらない。――終わらないけれど、でもそれじゃあ、


「あのさ、何」
「……その、とても僭越ながら、相談が」
「相談事持ち掛けられるような間柄だっけ、俺達」
「そんなこと言わないで!むしろその、よく知った友達には話せないというか!」


科学準備室で偶然遭遇した心操の制服の裾を掴み、勢いよく頭を下げた名前の頭上から、うわあ、というなんとも面倒臭そうな声が降ってくるが気にしていられない。「お願い、心操くん!このままだと世界が終わっちゃうの!」「は、なにそれ」苗字さん、そんな電波なこと言う人だっけ。非情に冷静な、呆れを含んだ声が溜息を吐き出し、まあいいけど、とその場で静かに留まる気配を見せた。締め切った扉の向こう側は、昼休みの喧騒に支配されている。支配から逃れたこの場所でしか話せないといえど、男の子にこういった恋愛相談を持ち掛けるのは、果たして正解なのか否か。…ここまで来て考えるのは流石に引き留めた心操に悪い。心の奥で言葉を並べ替えた名前は、言葉を外に出すために深く、深く息を吸う。


「…好きな、人がいるんだけど」
「へえ」
「告白しようと、…告白したいと思ってるんだけど」
「すればいいじゃん」
「その、…その人があんまり、私のことを快く思ってない、というか」
「嫌われてるんだ」
「嫌われてる、わけではないと思う…思いたい…」
「苗字さんてヒーロー科だけど、結構消極的なとこあるよね」


まるでヒーロー科全員が何もかもに貪欲で積極的だと、印象付けられているような口ぶりだ。「確かにヒーロー目指す気持ちは貪欲だけど!色恋沙汰だけは、どうにも…」拳を握り締め、心操に意気込んでみせた名前だが、即座にどんよりと肩を落とした。だって難しいよ、自分のこと嫌いかもって人に、好意を伝えるのって。力無い言葉は間違いなくめんどくさい、片思いをこじらせた女子特融のそれだ。相談なんて言葉に絆されるべきではなかった、早急にこの場を切り上げたいと思っていた心操だったが、名前の難しい、という意見にそこはまあ確かに、と心の奥底で同意してしまう。


「それで、心操くんに相談なんだけど」
「…あ、ここで本題なんだ」
「その!そんなに好きでもないヒーロー科の人間とかに、告白されたら、どう思う!?」
「どうって…」


ヒーロー科だのなんだの関係無しに、青春真っ只中の男子高校生が、女子に告白されて嬉しくないはずがないのではなかろうか。特例はあるかもしれないが、大半の男が自分に向けられた好意を喜ぶだろう。「その、無理とか、迷惑とか、…あるかな」――間違いなく本気で悩んでいる、苗字名前の姿は心操の目に滑稽だと映る。実力を示してヒーロー科に通ったわけで、その上見目だって悪くない。既に特別な感情を抱いた相手がいるかもしくは、身の程知らずなほどのプライドを持っていなければ、苗字名前に告白されて、嬉しくないはずがないだろう。自分の価値を彼女は、もっと自分で評価するべきだ。心操の動かない表情の下で巡る思考を読むことなど出来ない名前は、恐る恐る心操を伺う。


「どうかな、心操くん」
「告白すればいいと思う」
「でも、嫌われてるかもしれないんだよ」
「断られたら断られた時でしょ。俺は苗字さんに告白されるやつ、羨ましいって思うけど」
「…っ、ほんと!?」
「お世辞かもしれないんだから、そんな純粋に信じないでよ」
「え、お世辞なの!?」
「苗字さんはそんなに嫌われる人間じゃないと思うし、大丈夫でしょ」


素直故に悩み、素直故に自分の中で整理された感情に従って行動出来ず、素直故に臆病なその姿は、控えめに言わなくなって可愛いと思うし、なんて口には出さなかった心操だが、自分の言葉に頬を赤らめ、そうかな、そうかな、と照れを見せた名前の表情には流石にずるいと思わず視線を逸らすほかない。他の男についての相談をされている最中に、心臓が跳ねるのはどう足掻いたって幸せになれない。


「じゃあ、頑張る。頑張ってみる。ありがとう心操くん、…好きです」
「どういたしまして。もう行っていい?――は?」


やはり相談になんて乗るべきじゃなかった、適当な言葉で流すべきだったと再度、後悔しながら名前の礼の言葉を流そうとして回っていた心操の口が、思考が止まる。「好きです」――…頬を赤らめて、目を細めて、どうか考えてください、と緩めた口元が紡ぐのを、真っ白な脳が認識してくれない。何かを、何かを言わなければ、今、


「…苗字さん、策士だね」
「世界が終わらない可能性が、高くなったから」


20170408/ユリ柩

心操くんがアニメで喋った記念!おめでとうございます…推しに声が…めでたすぎる…