04


「……熱でもあるのか」
「へ?」


未だばくばくと弾む心臓を抑えながら教室に戻ると、隣の席の常闇君が私の方を見てそんなことを言った。熱?頬に指を伸ばす。触れた先が、気のせいではなく…酷く熱を持ったままのような。
そういえばさっきから、視界がぐらぐらと揺れている気がする。「っう…」小さく呻いた私の方を、常闇君が振り向いた。頭の中で響くのは、彼――緑谷君の声だ。


『ありがとう、苗字さん!』


「あああああ……ダメだ……」
「…何がダメなんだ」


テストはそこそこだっただろう、と常闇君が横目で私を見る。その視線を腕で遮るように、私は頭を抱え込んだ。ありがとう、って。苗字さん、って。笑顔はまっしろできらきらしていて、眩しすぎるぐらいだった。あの入試の時の衝撃を、思い起こさせるあの笑顔。どうしよう、目の前がぐらぐら揺れる。好きだ。好きだ緑谷君…


「轟を呼んだ方が良いか」
「え!?い、いらない」
「…顔の熱が引いたな」


**


下校時間、賑わいを見せる校門前を焦凍と並んで帰宅路へ。八百万さんも耳郎さんも私達とは家の方向が違うみたいで、少しばかり寂しいところ。
帰り道の会話は特にない。私は行きと同じくふわふわとした気持ちのまま、焦凍はいつも通りの無表情だ。いつも通りの距離感に変わりはない、はず。なのに焦凍はちらちらと、私の方を伺っているみたいだ。「…どうかした?」頭の中でぐるぐると、回っている緑谷君の笑顔を渋々押しのけて私は焦凍の方を向く。別に、と小さく吐き出した焦凍はじろりと私を睨んだ。なんだろう、浮ついてるとか言われるのかな。そんなのかな。


「お前さ、」
「なに?」
「…派手な個性に、昔から目ェ惹かれるよな」
「そうかな?」
「ガキみてえな目してた」


……あれ、なんだろ。どことなく焦凍の目が優しいような。弟を見守る兄のような、そんな……「なに焦凍、その目」「いや、別に」微かに口元を緩めたそれは、どことなく余裕に満ちている。目にほんの少し、戸惑っている色を覗かせたのは一瞬だった。焦凍はまるで子供をあやすみたいに、私の頭にてのひらを置いた。ぽんぽん、と。弾むのは久方ぶりの感触だった。なにこの、バカにされてる感じ。生まれたのだって一ヶ月ぐらいしか違わないのに!


「焦凍、また私のことバカにする」
「俺がいなきゃダメだろ、お前は」
「大丈夫!車に跳ねられないようにするし、考えなしに色々飛び込まないようにするし、」
「言ったな?」
「言った!」


大丈夫、もう高校一年生だ。いい加減従兄離れをして、私たちは個々で頑張らなきゃいけない年頃だ。私も焦凍に頼るのはやめよう!と心に固く誓って一歩分、焦凍とのあいだに距離を開ける。「なんだ、それ」「高校生だし、従兄離れ」「…は?」私の意図が分からないと言わんばかりの焦凍は首を傾げたけど、すぐに腕を伸ばして私の腕を引いた。車道側を歩いていた私は、引っ張られるままに歩く方を交代させられる。…やっぱり子供扱いだ。ちょっと強くてちょっと格好良くて、私より一ヶ月年上ってだけで。ぐうう。


「…明日はヒーロー基礎学だね」
「そうだな」
「何するんだろうね」
「さあな」




(2015/05/09)