02


教室の入口に張り出された席順を確認して、私は焦凍に手を振った。私と焦凍の席の距離は、遠くもなく近くもなく。まあ、普通だ。私の席は教室中央の後方で、黒板の文字がしっかり見えるのか少しばかり不安になる。きっと席替えがあるだろう。大丈夫だと信じたい。

隣の席はとても静かな男の子だった。背を伸ばして、前を真っ直ぐ見据えている。……あ、私落ち着いて上手くやって行けそう。思わずそう感じて、ぱちぱち、目を瞬いた。こんな風に初対面の人を落ち着く、と認識出来るなんて。珍しいこともあったものだと無遠慮にその男の子を見つめていると、流石に視線に気がつかれたのか横目でじろりと睨まれた。あ、うん。なんだろう、やっぱり落ち着く感じがする。


「苗字名前です。よろしく」


口元は自然と緩んだ。目の前の彼は一度瞬きをして、常闇踏陰、と名乗ってくれた。常闇君。繰り返して、鞄を机の横に掛ける。常闇君って、空飛べそうな顔してる。格好良いな、あの嘴とか。中学の頃は散々焦凍を格好良い、って言う女の子達に囲まれて、確かにそれは納得出来たけれども、私は常闇君みたいな男の子がいいなあって思う。――もしかして、あの入試の日、会場が別だったら彼を見ていたんだろうか。でも雰囲気が好きだなあって思うだけで、人生観は変わらなかったかもしれない。やっぱり私は、


「……あ、」


教室の前方の扉から、顔を覗かせたのは彼だった。くしゃくしゃの髪で、あの時助けた女の子に地味めの!と明るい笑顔で声を掛けられて顔を真っ赤に嬉しそうだ。良かった、彼は合格してた!胸を撫で下ろすと同時に、私もあの女の子のように明るく話しかけられるかと考え始めると目の前がぐらぐらと揺れ始める。だ、大丈夫かな。挨拶出来るのかな…いやいやこんなところで尻込みしてどうする苗字名前!ここは勇気を出してまず近くに、…あれ?何で廊下に芋虫みたいな影が…えっ人?


「早速だが、コレ着てグラウンドに出ろ」


突き出された体操服を思わずといったように受け取った彼の横顔を見ながら、私も順番に配布された体操服を受け取った。話しかけるチャンスは、思ったよりも少ないみたいだった。


**


「個性把握テストだって、焦凍」
「聞いた」
「最下位除籍って言ったね」
「そうだな」
「……………」
「お前、最下位になるかもしれないのか」
「なるつもりは無いけど…」


50m走を走り終わった私は、焦凍と並んで他のクラスメイトが走るのを見ていた。…違う、クラスメイトというよりは、彼だ。列の最後の方に並んで、俯いている小さな背中。


「誰見てんだ」
「………うん」
「答えになってないぞ」
「…うん」


頷きながら、合図と共に走り出した彼を目で追いかける。爆発音と共に数秒でゴールラインを切ったあの男の子は、さっき先生にボール投げをさせられていた爆豪、って男の子だ。派手だねえ、と小さく呟いたのは隣の焦凍に聞こえたみたいでそうだな、と同意が帰ってきた。
彼の方を見る。俯いて、顔を上げた横顔はまるで個性をどう使っていいのか分からないと言わんばかりで少しだけ驚いた。入試の時はあんなに強い意思を燃やした目だったのに。


「おい名前、次お前だぞ」
「……うん。……うん?」
「さっさと行け」


乱暴に押された肩に、思わずよろめいたところでやっと我に返った私を、奇妙なものを見る目で焦凍が見つめている。「そんなに気になるやつが居るのか」「…いや、そういうわけじゃないけど」「ボーッとすんな。楽しみだとか言ってただろ」ほら行け、と確認するようにもう一度押される肩に一歩、前へ踏み出した。次はなんだっけ、握力だったかな。体育館に移動するとか言ってた。…もう少し、見ていたかったと心の中で呻きながら私はゆっくりと歩き出す。

気になるっていうか、いっそ好きというか。一目惚れしちゃったからもう好きになってて、気になるってレベルではないというか。従兄と言えど私個人から見れば、家族に近いところにいる焦凍にそれを打ち明けるのが恥ずかしくてたまらないから思わず言葉を濁してしまったけど……「相談してもいいかなあ」女の子に人気のある焦凍だし、一目惚れした相手に話しかける上手い方法とか、知ってるかもしれない。でも恥ずかしいし、やっぱりこれは私だけの秘密だ。




(2015/04/20)