01


制服のサイズはぴったりだった。コスチュームの要望も書ききった。


「おはよう」
「…おう」


家の前で出迎えてくれた従兄の隣に並んで歩き出す。「今日からだね、学校」「そうだな」「どんな風になるんだろ」「…さあな」素っ気ない返事の従兄は多分、私が上の空で喋っていることに気がついていた。当然、私の頭の中にあるのはあの男の子のことだけだ。彼は合格しただろうかとか、合格していたら同じクラスになれるだろうかとか、目を見て話すことが出来るかどうかとか…この気持ちがどんな名前で呼ばれているか、なんて考える暇があるなら私はずっと、あのふわふわした髪のことだとか、強い意思を秘めたあの目だとか、小さな体から飛び出した強大な力のことを考えただろう。

…彼は何が好きなんだろう。どんな音楽をよく聞くんだろう。彼は、


「名前」
「なに、しょう…とっわ!?」
「お前、初日から車に轢かれたいのか」


掴まれた首の後ろを意識する前に、目の前の信号が赤だったことに気が付く。焦凍が私の制服の、襟首を掴んでいなければ無防備な私は車に撥ねられていたんだろう。「…ごめん、ありがとう」高校生になってもどうやら、私が焦凍の手を煩わせることに変わりはないみたいだった。「別に」感情の色が伺えない声は微かに感じる冷気を隠して、ゆっくりと私を解放した。青になった信号を確認して、私たちは再び歩き出す。


「ごめんごめん、考え事してた」
「珍しいな」
「何て言えばいいかな。もう昨日から楽しみでしょうがなくて」
「…いきなり何だ、その気合は」


ついこの間まで、ヒーローっつっても微妙な顔してたくせに。

小さく呟かれた従兄の言葉に、うん、と一つだけ頷いた。将来のことなんて何一つ分からなくて迷っていた私は、自分の個性をヒーローになるためにある個性だと言う周囲の声に流されるまま高校を決めた。でも、自分はどうしたいのかなんて分からないままでいた。唯一隣で歩く従兄は、やりたいことを既に明確にしていて眩しかった。ヒーローに向いている個性。派手に敵と戦うものじゃなくて、困っている人、襲われている人を守る個性。

やりたいことが見つからないのなら、流されてみるのも良いんじゃないかと目の前の焦凍が言ったから…だから半分、試す気持ちでヒーロー科を受けたのだ。私はもしかしたらヒーローになりたいのかもしれない、なんて頭の隅で考えていた。真剣にヒーローを目指す存在がよく隣に居たから、きっと影響されていたんだろう。


試験を受けて、本気でヒーローを目指したいと思ったのはあの男の子のおかげだ。形振り構わず飛び出して、巨大な敵を吹き飛ばして、自分の怪我を顧みずに女の子を助けた彼があんまりにも格好良くて今もどうしたらいいのか分からない。私もあんな風に、誰かを守れるようになりたいと思った。…彼はきっと受かっているだろう。そしてヒーローを目指すんだろう。…その背中を追いかけたい。追いかけるためには同じヒーローでならなければならない。どんなヒーローになるのか、近くで見ていたい。言葉を交わして、彼の価値観を知りたい。それから、


「ボーッとすんな。着いたぞ」
「……うん……うん?」
「着いたぞ」
「待って焦凍、まだ私心の準備が」
「心の準備?…お前が?」


訝しげな目線を向けてくる焦凍に構う、心の余裕すら消えている。「どうしよう、…どうしよう」「何が」「話しかけられるかな…上手くやれるかな」「……本当、どうしたんだよ」らしくねえってレベルじゃねえぞ、と呆れを通り越して心配をし始めた焦凍と私の目の前には、雄英の巨大な門がそびえ立っている。




(2015/04/20)