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「遅かったな」
「………」
「なんだよ、ぼーっとして」
「……ううん」


なんだかんだ、下駄箱で待っていてくれた焦凍の隣に並んで歩き出す。さっきのこと、ヒーロー志望だという彼――心操君のこと。それから緑谷君のこと。
焦凍が私を横目に、目を細めたのがなんとなく分かった。どんなことを考えているのか、それは流石に分からないけど…なんとなく、苛立っている様子が伺える。きっとあの手のマスコミぐらい、簡単に撒けなかった私に呆れているんだろうという結論を出しておく。


「ねえ、焦凍」
「なんだ」
「ヒーローってさ、かっこいいものだよね」
「……お前にとってはそうなんじゃねえの?」


淡々とした言葉が帰ってきて、そういえばそうかもしれない、と深く納得する。焦凍には口が裂けても言えないけど、私はヒーローとして活躍するエンデヴァーさんだって嫌いじゃない。…焦凍の父親としては好きだと、とても言えなくなってしまったけども。
とにかくヒーローはかっこいいのだ。その代表格がオールマイト。けれどオールマイトは雲の上の人、画面の向こう側の人だというイメージだ。

――だからきっと、私が初めて見た"ヒーロー"は緑谷君だった。

私の世界は覆された。それだけ緑谷君はかっこよかった。地面を蹴り、機械に襲われそうになっていた女の子のために、自分のポイントのことも何一つ顧みずに飛び出した姿はヒーローだった。……心操くんだって、私が困っているという理由だけで私を助けてくれたのだ。十分に、十分にヒーローだ。
ヒーローの隣に立つためには、ヒーローにならなければいけない。合格通知が届いた時、そんな理由で飛び跳ねた私はどうしたって、不純なことに変わりないのだろう。

それでもいい、不純でもいい。緑谷君の背中を追えるのなら、誰に何を言われたって構わないように思ってしまう。強い強い憧れに似た恋慕は、今の私を動かす原動力に違いないのだから。


**


「昨日の戦闘訓練お疲れ。Vと成績見させてもらった」


教室に入ってくるなり開口一番、相澤先生が口にしたのは昨日の訓練のことだった。「爆豪、お前もうガキみてえなマネするな」爆豪君を見据えた先生は、能力あるんだから、と付け足した。諭すような言葉に小さく、爆豪君が何か反応したように思える。
次いで先生が目を向けたのは緑谷君だった。腕ブッ壊して一件落着か、と問いかけられた緑谷君の肩がびくりと跳ねるのが見えた。

…私がもう少し上手く立ち回れば、緑谷君も力をコントロールすることに集中出来たのかもしれない。「"それ"さえクリアすればやれることは多い。焦れよ緑谷」「っはい!」緑谷君の返事をする声が、少しだけ遠くに聞こえてしまう。もっとしっかり戦略を考えて、もっとしっかり動けるようにならなければ。…緑谷君の隣に立つ資格を得るのが簡単でないことを私はきっと感じ取っていた。――オールマイトが関係している以上、緑谷君はきっと特別なんだと思う。だから私はもっと、もっと頑張らなきゃ――


「苗字、お前は少し頭を冷やして動け」
「…はい」


――沸騰するようにぐるぐると考え事が渦巻く熱で、上がっていた体温が急激に下がっていく感覚。そう、そのとおり。私はもう少し冷静に物事を捉えるようにならなきゃいけない。…でもやっぱり、あの時緑谷君のところに向かった、それに対する後悔だけは一度もしていないから私は、きっとヒーローには向いていない。




(2015/07/03)